2007年07月27日

琴光喜は名大関だ

名言  「謹んでお受けします」

 大相撲名古屋場所の活躍がめざましかった琴光喜は当然大関昇進だ。遅咲きの大関などの活字は納得いかないファンもあるかもしれない。とっくに大関になっていても可笑しくなかった琴光喜大関昇進は決して遅くはない。早い時期に大関になっていたら、あるいはなどの推測は何の意味もないが、スムーズに昇進しなかったが、確かに昇進した大関の座は、確かなものであり、名大関になるだろう。


 「謹んでお受けします」の、
 簡単で意味ある言葉は誰にでも分かる。
 やたらと難しい四文字熟語にはしらけていたが、
 子供から大人まで分かる言葉は、
 簡単でも単純でもいいものだ。


 柔和さの漂う人の良い青年である。

 勝負になると鬼の形相などの言葉も存在しないほどに、何時でも柔和さの消えない顔は、厳しい勝負の世界では珍しいが、必ずしも勝負での厳しさが出ないわけではない。名古屋場所でも何度も見せた勝負顔は一瞬にして変わる。厳しい顔が目立たない大関と言うことになる。


 珍しい部類の大関だろう。

 優しい大関である。


 外国人力士全盛で儀式などの形としての伝統は守られても、人間的精神的文化的伝統は守られていない。神聖なはずの土俵上での無作法とも思える行為なども多く、土俵外でのあってはならない行動などは、外国人力士の限界なども感じるほどである。八百長騒動なども必ずしもなかったのではないと多くのファンは思っている。


 しかし、白鳳の横綱昇進と琴光喜の大関昇進で、多くの疑惑さえ払拭されたような錯覚さえおぼえるが、旭鷲山事件や横綱朝青龍のモンゴル帰国事件などで、大相撲騒動の根の深さ感じる。


 朝青龍は相撲協会としては貴重な横綱かもしれないが、
 ファンからすると、横綱の資格などない。


 そんな事はどうでもいいが、

琴光喜には名大関になってもらいたいし、

名大関の風格だ。

大関昇進を見送られてからの日々も、

琴光喜は大関であり続けたと思うファンも多いと思う。

むさ苦しくなった大相撲界に吹く涼風が琴光喜だ。

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2007年07月25日

午睡の導入

  名言   午睡の導入

 ブダペスト(ロイター) シエスタ(午睡)の導入を、法律で定めるべきか否かーー。東欧ハンガリーで、そんな内容の国民投票が実施される可能性が出てきた。同国の選挙管理委員会が23日、国民投票に適した問題だと判断したためだ。
CNN 


 面白いニュースである。
  日本でのサマータイム導入が問題になりかけたが、うやむやになっている。

 猛暑の続く国ではサマータイムは当然にしても、
 午睡の導入を法律で決めるのは無理もありそうだが、
 日本的な意識では理解できないことかもしれない。

 単に午睡を昼寝と解釈しての意識と言う言葉だが、
 それでいいかも知れないし、
 違う要素もあるかもしれないと、
 午睡と昼寝、
 昼寝と午睡を何度も呟きながら考える。

 結論は結局単純に昼寝だ。

 記録的な猛射がつつくと言うハンガリーでの苦肉の策とも思えるが、来年はどんな夏かわからないから、結局国民投票まではいかないような気もする。来年冷夏の可能性もあるから、後一年様子を見るとなうかもしれない。

 国民投票は日本には馴染みがないが、何となく民主的な感じがする。なんでも国民投票では面倒臭いの日本人的感覚で、議会制民主主義の日本は分業制でその種のものは議会任せである。
 
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2007年07月24日

みのもんたと三人連れ

 名言  「みのもんたと三人連れ」 
 

  「朝は朝ズバで目覚めて一日中みのもんたを見ている」と、
 言うおばさんの全ての情報源はみのさんだ。

 おばさんの主張には反対が許されない、
 信仰的なものがあって、
 日記兼家計簿には、
 おばさんの言論の確かさを証明する、
 みの語録がつづられている。


 「みのもんたで目覚め、
  みのもんたで昼食をとり、
  みのもんたを見て寝る」
  と、得意げに嘆くおばさんだが

 おばさんではなく連れ合いのおじさんのことだと聞かされると、生活はみのさんと三人と言うことになる。弘法大師と二人連れと言う言葉は聞いたことがあるが、みのさんと三人連れは、、、現在的な言葉のような気がする。

 みのもんたさんのおかげで、
 おばさんは自由な時間がもてると感謝しているが、 
 おじさんに言わせると、とんでもないことで、

 みのもんたのおかげで、
 食いたくもないものを食わされていると嘆く。

あるときはキャベツのまとめ買いで、
あるときはシメジのまとめ買いで、
あるときはマンゴーのまとめ買いで、
あるときはナットのまとめ買いと、
おじさんは怒り気味だが、
話がどうもみのさんと、
関係ありそうでなさそうな感じだ。


 なるほど、高額納税者の働きは違うと関心する。
 テレビ画面から見ても、確かに、明らかな二日酔いの日もある。
 そして、力のこもった暴言に近い発言もある。
 兎にも角にも、みのもんたさんが、
 現在のテレビ界では重要な位置にいるのは間違いない。


 異常とも思える現在のテレビ番組の偏りは、
 細木数子に代表される。


 占い、占い、では人間はやっていけないし、
 納豆ダイエットよりも性質が悪い。


 みのさんの番組も、同じような偏りで、
 顔をだし、名前を被せれば番組ができると思っている、
 テレビ局に問題があるだろう。


 局の特色も無くなった現在のテレビ界では、
 視聴率の取れるというだけで、
 何でも許されると錯覚した時代への逆戻り傾向だ。


 逆戻りではなく、
 テレビ界の宿命で、
 延々とやってきたことかも知れない、
 安全パイを使う、
 また真似る番組つくりだ。


 パロデイかと思われる番組を堂々とやっているのだから、
 何ともならない。

同じ時間に同じタレントが数局の番組出演などは、
盆、正月は当たり前だが、そうでない時期でもある。
深夜番組では当たり前だ。

みのもんたさんの朝の番組を真似たような番組もある。
もちろんパロデイもあって、名物番組に違いない。しかし、異常さもある。それは関係の無い明らかにお飾り的な若い女性の数だろう。

中には朝から風俗まがいの服で立っている娘もいる。
それで、定期的に意味もないがカメラが向けられる。
画面に若い女性が現れる仕組みだ。
賛否両論あるだろうが、一応は報道的な番組である。

 ワイドショー的な報道番組では、仕方ないかの思いもあるが、
世相をズバっと切る朝の番組では、ひな壇の女性は要らないだろうと、
誰かが言っていたのを聞いたことがある。
それで、意識的に見ているとなるほどの思いはある。

テレビの生放送の途中で倒れそのまま逝くのが夢だと言うみのさんが、
何とも可笑しいなカブトムシのような衣装で登場した日には、
この世の終わりを感じたの声もあった。


 影響力の大きな、高額納税者のみのさんである。

 
posted by mayoibsi at 17:29| 東京 ????| 愉快に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月23日

松岡農水大臣は芸者の花代に使っ。

 名言 「悪すぎる冗談だ」

 「塩崎官房長官は、
 松岡利勝前農水相の事務所費問題を、
 「芸者の花代として使ったと聞いた」と発言し、
 マスコミに取り上げられてから撤回したことについて、
 「悪すぎる冗談だ」と言い、
 下村博文官房副長官を通じて厳重注意したと言った。

 

 山本卓農水副大臣は、

松岡農水大臣の事務所費問題は、

何とか還元水費ではなく、

「芸者の花代だと聞いている」と言った。

これに対して塩崎官房長官は、

 「悪すぎる冗談だ」と、

 「こういった発言は二度としないように」と、

 厳重注意したというのだ。


 公の人間が公の場での発言を冗談だと撤回する。
 一度口にした発言が簡単に撤回出来るかどうかは別にしても、
 言葉の流れの中での比喩的なことであっても、
 言っていい事と悪い事もあるだろう。
 「アルツハイマーの人にも分かる」
 発言の麻生外相も発言もなんともならないが、
 この副大臣発言も情けないものである。


 しかも、下村官房副長官を通じでの厳重注意だという。

 その、下村官房副長官は河野一郎官房長官談話を否定して、まだ謝罪もしてない官房副長官であり、これまでの日本政府を否定する閣僚の一人である。

 あの安倍総理でさえ、
 政府見解を尊重するといい、
 アメリカ訪問の為とはいえ謝罪しているが、
 この官房副長官はいまだに、
 日本政府の見解を否定する内閣要人である。

 本人達はそれほど難しく考えない自己主張的発言に違いないが、
 現在、衆議院議長である河野洋平元官房長官に唾するものであり、
 日本政府見解を公の人間が否定したものである。

 「河野談話によってアジアの国々は一応の精神的決着をつけて、
 日本の向き合うことになった。」
 といわれる程にアジアの国々と日本の関係を修復したのが、河野談話であったと言う人もいるほどに、重要な河野談話である。
 


 下村官房副長官はそんな閣僚だ。

 それとこれは別問題であるが、


 厳重にしろ注意で終わる問題かどうかだ。人道的とか社会的とかでなく、遺族にとっても許しがいた発言である。


 芸者の花代に使ったかどうかは分からないが、
 「死者に鞭打つ」

まさにそんな発言である。


 社会的制裁を受ける格好の遺族は何もいえないかもしれないが、

そんな発言が許されて言い訳がない。


 何時でも思うが、教育基本法はそんな人たちが作った法律である。


 年中謝ることが仕事のような塩崎官房長官には同情もするが、
 自らも政治団体問題が浮上しているようで、
 何をか言わんである。

 

posted by mayoibsi at 14:37| 東京 ??| 愉快に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月20日

全英オープンの始まりだ。

名言 「伝説の証人的な自負心」

全英オープンが始まると、ゴルフの祭りが始まった感じになる。
 ゴルフをするわけでもなく、特別にゴルフ観戦が好きでもないが全英オープンだけは別である。

 ゴルフ発祥の地の最もゴルフらしいゴルフ大会とも言われる全英オープンは、幾多の物語りを生み幾多の伝説が紡ぎ出される大会でもある。
 その物語の一つを見、
 その伝説の証人になった様な自負心で、
 毎年全英オープンは目をショボつかせて見ている。

 ほかのメジャー大会や国内大会以上に親しみがあり、自分なりの予想をしたりのするが、タイガーの参加が始まると、優勝予想はタイガー一辺倒だ。

 全英オープンといえば青木功さんだ。日本で青木さんに抜きに全英オープンを語れない。全英オープンのと青木功はオーバーに言うと同意語である。

  全英オープンでの青木功さんの活躍はめざましく、優勝を信じ一喜一憂したのはつい先日のような気さえする。

 青木さんがプレヤーとして参加しなくなってからも、
 青木さんと共に全英オープンを見ている感覚だ。
日本人選手で優勝を目の当たりにしたのは青木功と丸山茂樹だ。特に丸山の活躍した大会では、青木さんは「丸ちゃん、丸ちゃん」で入れ込んでいたし、丸山自身も優勝の二文字が頭に浮かんだと、後にテレビ出演で冗談交じりに言っていたが、真実だったと思う。あるがままモットーのゴルフ場は原野の如く、手入れがされていないかのようにさえ見る。山あり谷あり川ありの自然界がゴルフ場の中にある。芝もラフも日本のゴルフ場とは比べられない。日本的に言えば誰も足を踏み入れることの無いゴルフ場だろう。難コース、それが全英オープンの最大の売りだろう。

 フェアーウエイも平地ではない。波のうねるようなフェアーウェイは、ど真ん中にボールが落ちても、ボールは一定の動きはしない。波ではなく、小さな山が並ぶフェアー・ウェイと表現する人もいるほど複雑怪奇である。スノーモーグルのコースを平地に作ったようフェアーウエイだ。

 グリーン上もいくつもの変化が縦横に用意され、芝目も複雑である。グリーンに落ちがボールが池に転げ落ちる事もある。


 ゴルフ場はあるがままがもっとうであり、また、シーサイドリンクス(海岸に立地する場)の誓約がある。と言う事は強風も当然である。

 例えば今大会の開催ゴルフ場ではないが、イギリスの、いや世界のゴルフのふるさとであり、5年に一度は全英オープンが開催される象徴的なゴルフ場セント・アンドリュースのオールド・コースは「あるがまま」を理念としており、「神が造りたもうたコース」と呼ばれている 

 この難コースで幾多の奇跡が生まれ幾多の悲劇も生まれた。そして今年もまた軌跡が生まれ伝説が作られるだろう。

 今大会のテレビナビゲーターは元テニスプレヤーで熱情の男松岡修造だ。彼の驚きぶり感動する男松岡修造であり、川に入ってのリポートなどは彼独特の大袈裟な行動で松岡修造の真骨頂だ。

驚きの多い大会のナビゲーターとしてはうってつけだ。

  テレビ中継が始まってみるゴルフコースの第一印象はこれまでのゴルフ場よりは優しそうだということだった。全英オープンらしからぬやさしいコースとの印象であったが、そんな事はあり得なかった。  全英オープンはコースの印象も強烈だが、ギャラリーも印象的だ。子供が多いし年寄りも多い。日本では考えられない光景だ。入場料の安さもあるだろうが、子供や年寄りの入場が許されていることが驚きである。
 聞き違い、記憶違いかもしれないが、子供の入場料は無料とも聞いた記憶もある。声の届く距離に世界の一流プレイヤーがいる感動は大きなものだろう。夢が目の前にあるのである。憧れのプレーヤーが、自分の夢が、声の届くところにいるのである。

マスコミ的にタイガーの
3連覇はなるか、タイガーの3連覇を阻むのは誰か、
 そんな興味を抱き、残りの全英オープンを眠気眼で見るつもりである。
 日本人の注目プレイヤーは去年活躍の谷原だ。
 

 

posted by mayoibsi at 17:28| 東京 ??| 愉快に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月19日

中田英寿が選挙へ行こう

名言 「うだうだ言う前に、まず、選挙に行こう」

 何処にいるのか中田英寿はと思っていると、
 突然ニュースが流れてくる。
 そんな感じで世界の色々な土地から、
 突然中田英寿の姿が現れる。
 色々な世界で色々な文化に触れる旅を続ける、
 中田英寿は、
 サッカーを離れても子供達の夢であり続ける。


 自分探しの旅nakadahide1.jpgとかの言葉も、神出鬼没の行動も、
 中田だから認められ受け止められ賞賛もされるが、
 他の人間ならかってにしろと相手にもされないだろう。
 中田はサッカーだけでは無く、人生の才人でもあると、
 多くの人が中田の言動に注目する。

 その中田英寿がモナコの市民権を得ての、
 モナコ永住らしいのニュースはまだ記憶にも新しい。


 モナコ永住にはどんな意味があるのかとさすがに、
 真意は理解できないが、
 真実かどうかは定かではない。

 本人がホームページで発表するだろう。
 中田英寿のやることだ、
 何か思惑があるのは当然で、
 日本に対する何らかの警告かと思ったりもしたものだ。


 その中田英寿の選挙に行こうの映像には、またまた驚いた。

 党派を超えての選挙への参加を促す映像だ。


 その真意は、誰でもある程度は理解できるような気がする。

 現在の日本社会の閉塞感に、
 何らかの刺激を与えることが出来るのは選挙である。

 うだうだ言う前に選挙に行って自分の意思を示せといっているようだ。その結果どうなるかは誰も分からないが、何かの行動を起こせということだろう。


 多くを語らない中田英寿の社会性てきな影響力は、
 大きな力となり大きな波を起こすかもしれない。

 考え過ぎかもしれないが、何らかの力になる事は確かだろう。

 選挙に行こう。
 参議院選挙で、自分の意思を示そう。


 その結果は選挙が終われば分かるが、現在は誰にも分からない。

 結果を決めるのは自分達だということだ。

posted by mayoibsi at 18:07| 東京 ????| 愉快に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

実刑判決の村上世彰

 名言 「儲けすぎは罪ですか?」

 「儲ける事は罪ですか、
 儲けすぎは罪ですか、
 もけることは悪いことですか」
 どっちが村上さんの言葉だと思いますか。

 クイズにもなりそうな、
 何時でも怒り気味の村上発言であった。


 その村上世彰のインサイダー取引への注目の判決は、
 懲役2年の実刑判決であった。

 「検察は客観証拠を分析せずに誤った起訴をした」と、
 村上さんは検察と真っ向対決の姿勢であった。
 判決後の村上さんの顔を拝み、発言を聞きたいものだ。

 「儲ける事は罪ですか、・・・」
 あの自信に満ちた村上さんの顔は、
 元官僚の驕りさえ感じられた、
 自信に満ちたものだった。

 「話しているのを、聞いただろうといわれれば、それは聞いたかもしれません。それがインサイダー取引になるなら、そうかも知れません」
 任意の取調べが始まってからの記者会見での発言だが、如何にも白々しい感じである。

 話しているのは、すでの逮捕されているライブドア関係者である。
 内容はニッポン放送株買いつけで、ライブドアのホリエモン堀江隆文が有頂天になっていた時期である。

 「およそ証券取引に携わる者としての最低限の倫理観すら欠如していた」

 検察側の論告の最低限の倫理観は、
 心に突き刺さる言葉だったに違いない。
 と思ったが、
 無実主張の本人はそうでもなかったか。

 検察側の求刑は懲役3年、罰金300万円であった。
 そして判決は懲役2年罰金300万円の実刑判決に、
 追徴金は11億4900万円だ。

 インサイダー事件での過去最高額を大きく超える11億4900万円の追徴金の額が村上世彰さんにとって大きいのか小さいのかは判断できないが、一般的な常識では計り知れないくらいに大きな額だ。

 「ファンドの危機と逮捕者を自分ひとりで止める為に自白」
 と捜査段階での自白を翻しての対決であったが、
 完全敗北の現段階で控訴するか注目を集めそうだ。

 完全敗北は、
 控訴しても勝ち目がないという意味での、
 完全敗北の表現であるが、
 個人的な見解である。

 2年の懲役生活も悪くはないと思うと、
 村上さんに言いたい。
  
 村上世彰さんは一時代を作った傑物には違いない。
 まだまだ、将来への可能性を秘めている。
 村上的思考では、判決は真実ではないにしても、
 一般社会的なルール違反への罪を償えば、
 儲け過ぎには誰も異を唱えないだろう。

 
 儲けすぎた資金は、
 懲役中も利を生み、
 太り続けるだろう。

 お勧めの懲役2年だ。
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2007年07月13日

森光子さんからの贈り物

 名言 「耳が大きいといじめられたダンボは、その耳で空を飛んだ」

 ディズニー作品の思い出を聞かれた森は、太平洋戦争中の1943年、東南アジアに日本兵を慰問した際のエピソードを紹介。「日本軍がシンガポールを陥落させた時に手に入れた、ダンボとファンタジアの秘蔵映像を見せてもらった。ダンボの愛らしさ、ファンタジアの美しさに心を打たれた」と振り返り「当時は言えなかったけど、こんな素晴らしい作品を作る敵に日本は勝てないと思った」と明かした。」 mainiti

   サーカスに生まれた像の赤ちゃんがダンボ。 「ゾウさん」の歌のゾウさんは、
 お鼻が長いが、
 そうです、お母さんも長いからなんでもない。
 
 ダンボはお母さんのジャンボとは違って耳が大きかった。
 お母さんと一緒なら問題なのだが、
 お母さんと違う耳の大きなダンボはサーカス内でもいじめられた。

 ダンボはいじめられっこだった。

いじめで子供の自殺も問題になる現在、いじめがあらぬほうへ向かい幼児虐待などの社会病にもなっている現在に、
 デイズニーが送るメッセージか、
 ダンボがからの贈り物かと、
 森さんは考えただろうか。
 森さんは両方だと思った。
 87歳の森さんは、もうすぐ90歳の森さんは、
 元気に宙返りもする、87歳でもうすぐ90歳の森光子さんは、
 デイズニーと、ダンボからの贈り物を子供達に届ける。
 「耳が大きいといじめられたダンボは、その耳で空を飛んだ」
 87歳でもうすぐ90歳の森さんの声が聞こえる。

1941年当時のダンボは、森さんが見たダンボだろう。

Dumbo1941.jpg

DISNEY
S 
MOVIES 

 

 danbo-timosi1.jpg

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2007年07月12日

グラミン銀行

名言 「女性は自分を信頼する相手を裏切らない」

 何年か前のテレビのドキュメントタリー番組である。
 木陰にテーブルを置いただけの役所の主張所みたいなところに、農家の主婦がやってきた。金を借りに来たらしい。その様子から銀行とは思わないが金と貸すらしいとは分かった。

 主婦は担保はないし、それ以外の必要なもの、例えば印鑑とか、身分証明書とかも持っていない。係りの役人風の男は主婦の話を聞きながら何度も頷き、書類に書き込んでいく。話が一通り終わると、役人風は紙幣を数え始める。

 役人風はムハンド・ユヌスさんで、木陰のテーブルが銀行である。  

 何日かして、木と木を結ぶようにしてできた小屋に子牛を抱いて微笑む主婦がユヌスさんを迎える。集まってきた女達がユヌスさんを囲み離し始める。話し終わるとユヌスさんは紙幣を数え彼女達に渡す。

 テレビの画面は何年か後の光景に変わる。
 公民館風の建物中に机が置かれユヌスさんが前に座る女と話している。建物の中には明らかに順番待ちの女達が座っている。

 そこに牛を抱いていた主婦がやってきた。
 手には札束を握り明らかに以前とは変わっている。
 ユヌスさんに金を返し、
 何人かの女達と話した主婦は家に向かった。

 木と木を繋いだだけの小屋がちゃんとした牛小屋に変わり、5.6頭の牛が主婦の帰りをざわめきだす。そんな牛をしかり付けるように旦那が働いている。

 彼女が最初にユヌスさんから金を借りてから何年先の話か正確には聞きそびれたが、おおよその見当は付く。

 周辺には野菜などが植えられ、
 牛小屋のそばにある住居は以前と違って整っている。

 一匹くの牛がどれだけの経済的な意味があるかは知らないが、
 彼女は貧しさから脱しつつあることだけは確かだ。

 バングラデシュは世界で最も貧しい国の一つで、
 グラミン銀行の国である。
 ノーベル平和賞に輝いたグラミン銀行総裁ムハンマド・ユヌスさんが来日しているらしい。


 女性への無担保融資で貧しいバングラデシュを救ったと言っても過言ではないユヌスさんのグラミン銀行は、今や世界で最も有名な銀行の一つだろう。


 ノーベル平和賞の経済学者は、
 利益追求のビジネスと、
 ソーシャルビジネス(社会的事業)の両立を唱える。


 ユヌスさんのグラミン銀行はいわゆる貧しいい農民の為の銀行で、
 貧民銀行をも呼ばれていた。


 少ない額を無担保で借りられる、
 「マイクロク・レジット」が常識を超えた極めつけの事業である。


 ある時払の催促なし的な事で、
 事業が成り立つのが素晴らしい。
 
 男ではなく女性への信頼が銀行の成功の元かもしれないと思う。
 女性は自分を信頼する相手を裏切らないと誰かが言っていた。

 利子も儲けてから返す。
 女性は自分を信頼して貸した銀行を裏切る事はしない。


 グラミン銀行はますます発展しそうだ。

posted by mayoibsi at 19:22| 東京 ?J| 愉快に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月10日

刑事さんが寝ていたので逃げた

名言 「刑事さんが寝ていたので逃げた」 


 大阪市枚方市、最近は色々な事件で全国的な名前となった枚方市で、
 17歳の少年が警察の取りしらべ室から逃げた。
 取調室は3階で、少年が逃げたのは一階のトイレだという。
 
 少年は、
 「刑事さんが寝ていたので逃げた。大人の関心を集めたかった」」と、
 涼しい顔であったに違いない。
 彼はもともと逃げる意思はなかったのだから、
 家にいて警察が来るのを待っていたかったが、
 それでは血眼になって捜す警察にの努力に水をさすことになる。
 一応の逃走劇を演出して、警察の顔も立てることを考えた。

 「刑事さんが寝ていたので逃げた。大人の関心を集めたかった」
 と供述する少年は、心の底で笑いを噛み締めながら、
 次の日まで逃げ回った。

 そんな思いに浸りながら事件を考えると面白い。

 取り調べ中に警察官が居眠りをしての逃走劇は前代未聞の珍事だ。
 しかも三階の取調室から一階のトイレに行くまで誰も気づかない。

 少年が出て行くのも気づかない巡査部長は熟睡していた。
 長時間勤務の疲れに同情する声も聞こえるが、
 関係者としては何を言われようと返す言葉もない情けない事件だろう。
 一般の警察嫌いな市民感覚では面白い出来事である。

 少年は窓から逃げた。
 トイレの窓から逃げた。
 逃げた少年も迷ったに違いない。

 疲れて熟睡の刑事を起こすわけにもいかないし、
 寝ている人を見つめて、じっとしているのも知恵のないことだ。

 妄想や夢想に慣れた引きこもり的な少年なら、
 刑事が起きるまで待っていたかもしれないが、
 彼はじっとするのが嫌いな活動的な少年であったに違いない。

 何度も起こそうと試みなたに違いない。

 しかし、起きる気配のない刑事の無防備な寝顔を見ると、
 今まで恐れ敬っていた刑事が、
 学校の先生か自分の周辺の情けないような大人と変わらないという軽蔑的な思いが湧いてきた。

 それでも逃げる気にはならないが、
 刑事の寝顔を伺いながらの揶揄的な行動が、阻むことのないスムーズな流れで真実の逃走劇に変わった。
 
 警察署の取調べ室から、取調べ中のはずの少年が逃げることになった。

 田舎の警察署なら、まだ呆れる思いを抱きながらも仕方ないかと思うが、いまやメジャー的な枚方警察署であり、その枚方署の取調室となると、何と判断していいか分からない。

 テレビでは警察出身のコメンターが過労勤務に同情していたが、
 時別の理由はなくても警察が嫌いな市民にとっては、
 許しがたいことである。

 それよりも少年の罪が軽くなることを願うだけである。

posted by mayoibsi at 17:55| 東京 ??| 愉快に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

怒りのオシム

名言 「試合を支配したのは日本だ」

 アジアカップチャンピオン日本代表の初戦はカタールだった。
 勝利は十中八九日本のものだった。
 しかし、結果は1対1で引き分けた。

 「3点が指の間からすり抜けていった感じですが」
 そんな記者の質問に、オシムは怒った。

 「あんたが監督ならどう、あの状況は分からないか」
 そんな意味のオシムの怒りの言葉であった。
 その言葉は的外れのような気もした。

 テレビ解説者が質問の意味が伝わっているのか、
 と、疑問を持つほどに、
 的外れな怒りの声だったが、
 オシム監督も多くのファンや関係者が見ていることを承知の怒りであるから、
 単に感情的な怒りではない。


 オシム監督の計算された言葉だと思った。


 後半43分だった。
 勝利は目の前にあった。
 ドーハの悲劇を思い浮かべたファンも多かっただろう。

 試合の流れの中での反則は仕方がない。
 反則も芸のうちと言うこともあり、
 国際試合では特にそうだ。

 ゴール前の反則がどうの等の言葉は意味がない。
 ゴール前だからゴールを阻むための必死さがある。 

 フリーキックだ。
 ベンチのオシムは壁を縮めろと必死に言っている。
 叫び声が聞こえるような、大きなジェスチャーが画面に映し出される。

 オシムをあざ笑うかのように、
 ボールは壁の中を抜けてゴールに突き刺さった。

 勝っている試合を逃したと誰でも思う。
 取られたら取り返せ。
 そんな思いで時計を見た。
 ロスタイムも3分と発表された。

 1点取るには十分ではないが時間は確かにある。
 それがファンと選手の共通の思いだった。
 しかし、結果は引き分けだ。

 湿度の高い高温のベトナムでの試合は、選手の運動量にも影響する。それは敵も同じであり、敵は高温に慣れているとかは通用しない。高温に離れていても多湿は慣れてないだろうし、自分達に不利に作用しても相手に有利に作用するとも限らない。条件は何時でも双方に平等に作用するものだ。

 高原のゴールは芸術的な鮮やかさがあった。
 しかし、その後はシュートのチャンスもなかった。

 1点だけではなく、2点.3点への貪欲さがなかった。
 ゴールへの執念が日本にはなかった。
 1点で勝つことしか選手は考えなかった。
 2点目が要らないかのように、ボールが前に進まなかった。

 試合を支配していたのは日本だとオシムの怒りの言葉にもあった。
 オシムの怒りは守りにはいった中途半端な1点だけの得点にあったのではないかと、素人ファンは考える。

 ボールを回すときでも、流れが止まり後ろに引くことが多くなっていた。後ろ向きのボール回しで、ゴールキーパーまでボールを戻すことが多くなると、試合は面白くないし、相手のゴールは遠のいている。
 軸になる選手がいなかった。
そんな気がした。
 高原も中村俊も遠慮がちであった。
 
 負けたわけではないし、リーグ戦だし、最終目的は達成できる位置にいるのだから、あせる必要もないとは思うが、面白いサッカーをファンは望んでいると思う。
 決定力不足は日本チームの永遠のテーマのようだ。


 

posted by mayoibsi at 07:53| 三重 ?J| 愉快に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月09日

ブルース・ウイリス

名言 「ジムに通って鍛えなおせ」


uiri.jpg 「ダイハード4」の公開の関係で、
 ブルース・ウイリスの映画話題がマスコミをにぎわし、
 テレビでも映画が次々を放映される。
 
  「ティアーズ・オブ・ザ・サン」
  は昨日の放映であった。
 反乱軍の殺戮場面が今までの映画にあっただろうか。

 明確な記憶はないが、朧な記憶としてはあったような気もする。
 その朧な記憶の中に、テレビドラマERがあるが、
 これほどひどい殺戮の場面ではないような気がする。

 とにかくその反乱軍の、殺戮の場面は、
 ほかの目的は何もない殺戮が目的の殺戮である。

 反乱軍でも一応は軍隊であるから、政治的理想をもち、
 最低限の規律のもとに行動する組織と思ったら、
 映画の中の反乱軍は、完全な殺戮組織である。


 現体制への不満や君主制への反乱ではなく、犯罪組織である。

 アフリカの内戦は、政府軍も反乱軍も、一
 般の人々の敵である事は間違いないようだ。


 民族浄化などの狂気の理想も、
 殺戮の正当化以外なく、
 ジャングルで生きる素朴な少数民族が殺されていく。


 アメリカの特殊部隊を描く映画は多い。
 特殊部隊も、陸海空軍にあるようだが、
 丸ごと特殊部隊の海兵隊がお馴染みである。

 特殊部隊のアフガニスタン出動をめぐっての、
 ブッシュ政権内部のごたごたも報道され、
 ラムズフェルト国防長官は辞めたりで、
 映画と思っていることが実は現実に動いているのには、
 アメリカのすごさを感じる。


 ダイハードの最初の作品は、日本経済の最盛期でアメリカを買う勢いの日本企業のビルが舞台である。

 中富ビルの完成パーティーにブルース・ウイリスのジョン・マクレーンが紛れ込んでいる。 もちろんニューヨークの警察官のマクレーンが偶然で中富ビルに来るわけはない。

 ビルの乗っ取りはテロ組織かと思ったら、テロ組織を名乗るギャングだった。
 映画はビル内でのギャングとジョン・マクレーンの攻防だけである。

 そのダイハードの、12年ぶりの新作が「ダイハード4」だ。

 来日したブルース・ウイリスは、
 その衰えぬ肉体を羨む日本のおじさんたちへメッセージとの記者の求めに応じて、
 「ジムに通って鍛えなおせ」 と言っていた。
 そして、

 ダイハード5があれば舞台は日本の可能性も示唆した。

 「虚構のかがり火」
 「シックス・センス」とブルース・ウイリス映画が続いている。


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2007年07月07日

いじめ訴訟

名言 「慰謝料請求でいじめは減る」

  「近畿地方の国立大に通う神戸市内の男子学生(23)が、大学の1学年上の男性らからエアガンで撃たれるなどいじめを受けたとして、上級生だった会社員2人を相手取り、慰謝料など計約930万円の支払いを求める訴えを神戸地裁に起こした。
 訴状によると、男子学生は2人と同じ高校を卒業。05年5月ごろから、「罰ゲーム」などと称してエアガンの標的にされたり、裸の写真を友人の女性に送られたりし、少なくとも現金300万円を脅し取られた。酒を飲んだ後、「罰ゲームが残っとる。今からバイクで青森くらいまで行ってこい」と強要され、福井市内で街路樹に衝突し、頭の骨を折る重傷を負ったこともあった。 男子学生側は「勉強が手につかず留年するなど、重大な不利益を被った」などと主張し、今月5日提訴。今年3月に傷害容疑で2人を兵庫県警に告訴している。 2人の代理人は「いじめの事実はなかった」としている。【酒井雅浩】」 毎日新聞  

 いじめの慰謝料請求は画期的な出来事とも言える。
 訴訟大国アメリカからのニュースでも聞いたことがない。
 もちろんあってもあり得ない事でもないから、あったかもしれないし、現在も法廷で争っている可能性もある。

 煙害訴訟では桁はずれの慰謝料の支払いがタバコ会社に命じられたり、つい最近では判事によるクリーニング店訴えがあったりと、アメリカの訴訟ニュースは色々あるが、
学生時代のいじめの慰謝料請求は聞いたことがない。
 
 
 いじめ自体が大きな社会的問題であるから、訴訟がなかったのが不可思議なことのようにさえ感じられる。
 学校でのことだから、未成年者のことだからと、大目にみられて卒業と同時に全てが無かったかのようになるのが現実だろう。

 いじめた方はそれでいいかも知れないが、
 いじめられ、
 精神的なトラウマを抱え、
 社会への適応力さえ阻害されたいじめ被害者は、
 明確な時間的区分がある如くに忘れる事は不可能だ。
 
 社会への適応力の疎外はややこしい言い方だが、
 要するに精神障害となったいじめである。
 精神障害を抱えての社会人の出発は、
 大きな負担となるのは当然である。

 第一は人間不信だろう。人間不信での社会人は辛いものがある。公務員ならあるいはやっていけるかも知れないが、一般企業ではつらいものがあるはずだ。

 上のニュースでのいじめを見ても、
 「裸の写真を友人の女性に送られたりし」のは、
 気の小さい繊細でデリケートな精神構造の少年にとっては、衝撃的な事だったに違いないと同情する。

 「エアーガンの的にされる」のも屈辱的なことで、
 人格が否定された思いになるだろう。

 訴えた大学生の現在の心情は理解できるものがあるし、いじめた犯人達は今でも集まって飲んだりする席で、いじめを青春の栄光の如くに高らかに語っているだろう。想像であるが、そうに違いないと思う。いじめられたほうは精神的苦痛に苦しみ、いじめた方は英雄気取りでは余りにも不条理だと、大学生は立ち上がったのだろう。

 被害者には極めて厳しい日本の裁判で、どんな判決が出るかも興味深いが、この裁判は大きな意味があると思う。
 要求されている慰謝料は小さいが、もっと高額であってもいいような気がする。
 高額の慰謝料支払い判決があり、
 いじめ訴訟が増え、慰謝料請求でいじめは減るだろう。

 いじめはが在学中の問題のように語られる反面、かっていじめに参加した人たちの勇気ある発言や活動を見ると、いじめの問題は社会人に成っても尚続いているわけで、その裁判の結果によっては、多くの訴訟が起きる可能性もある。

 弱肉強食の原始的で動物的な社会制度が根底にある人間社会で、いじめが完全になくなる事はない。しかし、原始的な制度や動物的な意識を取り払う為に、生まれ落ちたその日から、親や家庭の中で自然に学習し、さらに社会参加のために学校教育を受ける。その学校でのいじめがあるのは、悲しい現実である。

 心の傷は容易には消えない。
 しかし、社会人になって何年かして、いじめられた相手が詫びると、心の澱となっていたいじめが、すっきり消えて、楽しい思い出のように感じられるようになったという話も聞いたことがある。

 人間の関係は、複雑そうで単純である。

 これから多くなると思われるいじめ訴訟のニュースで、
 昔を振り返り、心当たりのある人は、いじめたと相手に詫びたらどうだろう。

 中には忘れていたことを思い出させたと、
 怒りの言葉を浴びる事もあるだろうが、
 多くの場合新たな友情も生まれるだろう。
 
posted by mayoibsi at 14:43| 三重 ?J| 愉快に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月06日

岡崎オールスター出場だ。

 名言 「陰のヒーロでいたい」
 迷言 「ボストンに日本人街ができる」

 ボストン・レッドソックス岡崎投手が、第三の日本人選手としてインターネット投票で選ばれた。
 オールスターへの切符はインターネット投票で岡崎に与えられた。

 現在最も活躍している選手を選ぶかのような、リアルなインターネット投票であるから意味がある。

 
 岡崎は選ばれて当然の活躍だ。

 レッドソックスの松坂と岡崎の日本人コンビの活躍は見事であり、
 松坂が選ばれなかったのは残念だが、来年は二人同時にオール・スター出場だと、気の早いことを考えるファンもいるだろう。

 日本人選手三人の出場は何ともうれしい限りで、大リーグのオールスターが、日本のオールスターより楽しみだというファンも多いだろう。
 
 松坂の入団が騒がれたレッドソックスに、目立たないが、もう一人の日本人投手岡崎がいた。大リーグファンとメデイアの注目を集める松坂とは対照的に、影のうすい岡崎だったが、開幕と同時にめざましい活躍が始まった。


 連続無失点記録は多くのファンを唸らせ、
 レッドソックスに岡崎ありと注目の的となった。


 いまや押しも押されもしない、レッドソックスの貴重なセット・アッパーである。
 松坂を意識して、「陰のヒーロー」でいたいと本人は言うが、
 「陰のヒーロー」ではなく真実のヒーローだ。

 
 4日間の投票で440万票も獲得してオールスター出場が決まった。

 試合前にオールスター出場が紹介され、
 祝福された岡崎はまさにヒーローであった。

 現在の防御率は0.88は脅威的な数字だ。
 オールスターで活躍し、
 ワールドシリーズでの活躍も夢ではない。

 ボストンでの岡崎の人気はうなぎのぼりだろう。
 そして、ボストンでの日本人の人気はうなぎ上りで、
 ボストンの街で日本人は歓迎されるだろう。
 そして、ボストンの日本人街誕生のニュースも直ぐに聞こえてくるかもしれない。

posted by mayoibsi at 21:06| 三重 ??| 愉快に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月05日

ビルゲイツを抜いた富豪世界一

 [メキシコ市 2日 ロイター] メキシコの富豪カルロス・スリム氏が保有資産で米マイクロソフトのビル・ゲイツ会長を抜いて世界首位になったことが明らかになった。スリム氏の資産は推定678億ドルで、ゲイツ氏を約8億6000万ドル近く上回るという。
 今回のスリム氏の資産増加は、同氏が保有する中南米最大の携帯電話会社アメリカ・モビルの株価が36月の間に27%上昇したことが背景という。
 米フォーブス誌の4月の発表では、スリム氏は米著名投資家ウォーレン・バフェット氏を抜いて2位になったものの、首位のゲイツ氏には及ばなかった。
 メキシコは貧富の差が激しく、一部の富裕層が富の大部分を掌握する一方、国民の約半数は1日当たり5ドル未満で生活している。

 

上には上がいた。
 ビル・ゲイツを超える資産家が出現するには、
 新しい産業技術の発達が必要と思っていたが、
 ビル・ゲイツを超える新世界一の富豪は既存の携帯電話事業のによるものらしい。もちろん携帯は新産業には違いないが、独占的な市場支配可能な新産業ではない。多くのライバルがいる産業だ。

 発展途上国ではこれから本格的な発展ということだろう。

 グーグルの躍進やアップルの新技術の新展開を考えると、まだまだ
IT産業の周辺には新技術の種が転がっているようだ。

 インターネットと携帯電話の普及は互いに相乗効果を生みながら急速度で進化した。

 万能携帯が出現し産業の新展開が始まっている。

 若者は当然のように新技術を使いこなし、
 老人は夢を見ているかのような錯覚である。

 居住空間や移動手段以外は全て携帯で間に合うようになる。オフィースもいらなくなり、携帯の中にオフィースがあり、全ての事務的仕事をこなす。直接人間の関わりが必要な物造り産業以外は、携帯で間にあう。


 そんな時代到来で、中南米の発展途上国も携帯の普及で生まれ変わるかもしれない。そんな予感の富豪のニュースだ。

 インターネット時代の代表的富豪はビル・ゲイツで、次の携帯時代の代表的富豪が、カルロス・スリムというわけだ。

 名前を見たときは、
 中南米のダイエット関係の食品販売の会社経営者と思った。


 中国やロシア、ブラジル、インドなどの国は桁外れた富豪が生まれ、世界の産業分布図が塗り替えられる。
 
 そんな予感の富豪世界一のニュースである。

posted by mayoibsi at 11:08| 三重 ??| 愉快に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ポスト安倍もある小池防衛大臣誕生

 名言 『苦しいときの小池頼み』



 当然だが久間防衛大臣は辞任した。
 考えようによってはそんなに長い間大臣の椅子に座っていたのが不思議なくらいの問題の多い大臣であった。
 次の大臣は滅多な人では勤まらない。しかし、安倍総理は小池さんしか考えてなかったようだ。

 苦しいときの小池頼みだ。
 まさにそんな感じの小池百合子さんの当番であった。

 久間さん失脚なら石波さんだろうと多くの人は思っただろう。
 しかし、サプライズで小池さんと思った人もいただろう。

 安全保障担当補佐官はあるいは次の防衛大臣への布石ということはないが、
 まさに自民党の切り札である。


 小泉内閣の郵政選挙の刺客第一号であり、
 くの一の言葉も生み出した小池さんだ。


 選挙区の鞍替えは政治家にとって容易い事ではないと思うが、
 小池さんは平然とやってのけた。
 小池さんの自信に満ちた平然さが、
 刺客ブームの牽引役となり、
 郵政選挙は刺客候補の大勝利となった。

 クール・ビズを定着させ、太環境大臣としても際立っていた。


 久間発言さえ飲み込んでしまいそうな小池人気で、
 ポスト安倍と予想するマスコミもあるほどだ。


 小池さんの政界進出は、政治不信の国民に夢を与えるべく登場した日本新党の一員としてであった。その日本新党でも際立った存在であった小池さんは、いわゆる反自民の旗振り役であったはずだが、いまや自民党のトップ近くまで上り詰めた。

 安倍政権に光は見えない。
 参議院選挙後の政界のうねり次第では、
 どんな展開になるのか予想もつかないが、
 小池百合子争奪戦があるかもしれない。


 小池百合子のワンマンショーともファッションショー的な一日であったが、
 自民党は一息ついた感じだろう。

 参議院選挙の応援にも引っ張りだこだろう。
 国会の不可解な会期延長から強行採決の連続、
 そして久間発言と政治不信どころか、
 政治がいやになっていた国民に僅かな夢は与えたかもしれない。

posted by mayoibsi at 04:11| 三重 ??| Comment(0) | TrackBack(2) | 愉快に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月03日

韓国女優キム・ヘス


kimuhesu3.jpg
 
 名言 「閉鎖された不自由な空間にも適応されるであろう女芸能人」


 「キム・ヘスは、映画「4.4.4」の封切り前に映画サイト「ムービスト」が実施したアンケート調査で、「閉鎖された不自由な空間にも適応できるであろう女性芸能人」として46%の圧倒的な支持を得て、第1位となった。

ネットユーザーの市民たちは、活発で知的であるばかりでなく、独立した現代女性というイメージの強いキム・ヘスなら、監禁されるような最悪の状況でも冷静に適応し、なんとか脱出できるだろうと考えたようだ。」 asahi 



 『閉鎖された不自由な空間にも適応できるであろう女性芸kimuhesu1.jpg能人』


 どんな状況を想定してのことか悩むが、
 適応力や順応力と生命力の強さを強調しての強い女だろう。

 現在社会を生きる女と言うよりは、
 古典的な女の生物学的な強さを強調しているようでもあるが、
 相対的な男の存在は必然であるから、
 生物的な強靭さに初会的な強さが加味された、
 女の究極の強さである。


 抽象的な想定である「閉鎖された不自由な空間」は、
 結局は多くの制約、
 例えば法的制約、
 宗教的制約、
 社会通念に制約される現実社会であり、
 閉塞感漂う精神空間だろう。


 女芸能人という限定的な領域が不自由な空間も限定的に感じさせるが、要するに、如何なる条件下でも生き抜くバイタリティー溢れる女性と言うことだろう。

 簡単に言うとしたたかな女だ。


 韓国ドラマから浮かぶのは、島流しのチャングムが、女医として復活していく過程を思い出すが、

 結局、そのような強さではないだろうか。


 女は概して強いものである。世の男性が認めるところだが、男社会と限定的に考えると、女は何時でも閉鎖された不自由な空間で生きているのだ。その生物的要素は生命を宿し産み育む大地的な不動の要素であり、風に乗せても種子を運ぶ他力的な浮ついた男とは違うのだ。


 そんな女の中でも、
 特に『閉鎖された不自由な空間にも適応されるであろう女芸能人』としての称号を得たキム・ヘスの強さを考えるが、作品からそこまで判断するのは不可能な気もする。


 活発で知的だけで十分すぎる魅力だが、さらに監禁される最悪な状況も考慮しての強い女となると、男にとっては魔性の魅力となる。

 

 

posted by mayoibsi at 12:57| 三重 ??| Comment(1) | TrackBack(0) | 愉快に | このブログの読者になる |