オリンピック代表の愛ちゃん相手に、
胡錦濤主席は素人は思えないラケット捌きであった。
見守る福田総理も驚嘆顔であった。
戦略的な卓球をすると、
意味不明に感想は政治的な揶揄であるが、
胡錦濤主席の卓球の腕は確かなようだ。
受け止めた愛ちゃんはさすがで、
お客さんに合せるプレーは実力差のある証拠でもある。
政治的なセレモニーには違い、
神経も使う相手であったが、
そこは愛ちゃんの外交手腕であった。
中国で活躍するプレーヤーとして中国国家主席にはなを持たせたし、プレーの後の抱擁は中国国内では考えられない光景だろう。
ピンポン外交と呼ばれるほどに、
卓球は中国が本場のスポーツだ。
米中関係も日中関係もピンポン外交が糸口を開いた。
ピンポンとパンダは中国の外交の切り札でもあるが、
今回の胡錦濤主席の訪日はその両方が上手くいった格好だ。
早稲田大学の講演には抗議活動もあったが、
抗議活動はあって当然であり、
無ければおかしいのが現在の中国である。
日本は自由な国である。
抗議活動があってもいいだろう。
過激な破壊的行為のない抗議活動は多くてもいいだろう。
違和感があったのは創価学会池田会長との面会であった。公明党が政権与党だったとは思わないが、宗教法人の会長が国家デベルの来賓に面会する場面には違和感を感じる。創価学会が好きとか嫌いとかではなく、一宗教法人の最高位に君臨する人の面会は、政治と宗教とのつながりを感じ政教分離はどうしたとの声も聞こえそうだ。
「パンダはいいからチベットに自由を」の、
プラカードなどを持っての抗議に対して、
中国人留学生が赤い中国国旗を掲げて対抗した。
そんな光景はやはり異常であり、他の国で自国の国旗を振りかざす行動は、情けないというより愚か過ぎると、中国人留学生は感じて欲しいものである。抗議は民主国家に生きる市民の当然の権利であり、それを妨害することは許されない。反社会的な破壊活動が無い限り、国家もその権利を脅かすことは出来ないはずが、中国の留学生が反民主的行動に出た。しかも自国の国旗を振りかざし、自国の恥となるような行動だ。反対する自由も抗議する自由もあるのが民主国家であり、自由を疎外する国旗などはあってはならない。例え五星赤色旗でも日の丸でも星条旗でも同じである。国旗が市民の自由を疎外し、権利を侵してはならない。胡錦濤国家主席は卓球の愛ちゃんを抱擁し、また、学生と次々に握手をかわして友好ムードの演出に躍起だった。躍起という表現は適切ではないかもしれないが、個人的な感覚として躍起だ。
「パンダはいいからチベットに自由を」は、
実に妙味のある表現である。
「暖かい春の旅」を演出したい、
胡錦濤国家主席にとっては、
厄介な言葉だに違いないが、
「パンダはいいからチベットに自由を」は、
妙味のある表現である。 胡錦濤主席は最後に、
「青少年は中日交流の未来と希望。今日私たちがまいた種が、友好の大きな木に育つと確信している」とあいさつした。
「大きな木に育つ」は中国的である。
今回の訪日への胡錦濤主席のひたむきさは分かるような気もする。北京オリンピックを控えて山積する難問解決の糸口を日本で見つけたい中国国家主席のひたむきさである。アメリカを含めたヨーロッパの国々は次々とチベットへの弾圧を批判し、オリンピックの開会式への首脳の参加を見合わせる発言を繰り返した国も多かったにも関わらず、日本は批判らしい批判もしなかった。今現在の中国の最大の見方は日本である。

