2008年04月27日

だるま落としと曳家工法

祭りは終わり残ったのは何だろう。兎にも角にも聖火リレーは終わり、騒々しい迷惑な祭りは終わった。これまでは五輪の聖火リレーは何処の国でも歓迎されていた。今年の北京オリンピックが聖火リレーの歴史を変えた。何しろ日本の国内の聖火リレーが中国管理のものだったのだ。走る日本人ランナーは日本人から選ばれた、殆どの日本人から愛されているスター的な人々が殆どであり、そのほかのランナーもスターではなくても誰からも愛され親しまれるランナーだった。18.7キロを聖火リレーのトップはご存知星野仙一さんで最終ランナーもご存知野口みずきさんだった。

日本での聖火リレーにもかかわらず沿道には中国国旗が揺れる。異様な光景が展開する日本のど真ん中長野であった。中国国旗は中国から送られたものだという。勿論全ての国旗が中国本国から送られたものではいないだろう。しかし、多くの中国国旗はインターネットサイトで募金を集めて聖火リレーの行われる国の中国人に送られたという。そしてインターネットサイトは「愛国の模範」と称賛されているという。

「愛国の模範」の模範である。共産主義国家の愛国の模範は他国で中国の国旗を打ち振り自国の主張をすることだろうかといいたくなるが、最近の中国は少し変だ。中国は日本文化の故郷と思っている人は多いだろ。何だかんだ言っても、日本は儒学精神が根底にある国である。徳川幕府幕学も儒学であったし、維新後の修養教育もそうであった。論語は日本の精神文化の根底にある教えである。現在の共産主義国家中国とは関係ないかもしれないが、中国は孔子の国である。

中華思想がいまだに精神文化の中心にあるのかと思いたくなるような「愛国の模範」である。日本でも中国でも愛国は実に厄介だ。何処の国でも愛国を強調するのは実に厄介だ。愛国などは国旗を振りかざして強調しなくても誰でも持っているものである。そんな軽い気持ち持って欲しいものだ。

オリンピックは盛況に終わる方がいいに決まっているが、日本の長野を埋め尽くした赤い中国の国旗には違和感があった。式が始まると中国国旗が振られ中国国歌が長野に響いた。白いTシャツ姿の留学生がスクラムを組み会場を囲み「リレーを守ろう」と叫んいる光景はやはり異様だった。チベット問題の抗議を試みる人も日本人観客さえも中入れないというから恐れ入る。日本のど真ん中長野は何処の国かと思われるような光景は聖火リレーが終了するまで続いた。抗議の逮捕者が意外に少なかった。勿論個人的な以外である。世界に中国の病原菌を撒き散らしたような聖火リレーで、今まで中国贔屓だった人も中国が嫌になったかもしれない。勿論中国の全ての人とでもないし、巨大な中国の人口からするとごく一部の人間たちの横暴な振る舞いであるが、中国国家を考える上での基準である。  世界各国の聖火リレーへの妨害は、外国で暮らす中国人に愛国心を蘇らせたという人もいる。中国で弾圧を受け体制を嫌って外国に飛び出した中国人に愛国心が蘇ったケースもあるという。蘇った愛国心で団結した各国に住む中国人の聖火リレーに抗議する行動に対しての抗議の行動が中国の国家像もかえる結果になった。聖火レレーの光景を見て、 「文化大革命」と、歴史的なキーワードをあげる人もいる。確かに歴史的キーワードとしての文化大革命と重なる言う人もいるかも知れないが、文化大革命は中国の国内問題だが、聖火リレーは国際社会の繋がる問題だ。しかし、言論へさえオリンピックと嵩にしての弾圧まがいの事が起きているとのニュースもある。弾圧は国家からのものではなく、愛国的な集団からのものだ。集団ではなく若者を中心とした世論だ。文化大革命も若者が中心の運動だったという。果たして共通性があるかどうかの妙味はないが、北京オリンピック本番は聖火レー的な中国の愛国的な盛り上がりではなく、静かに盛り上がって欲しいもである。   
posted by mayoibsi at 17:29| 東京 ??| 愉快に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする