2008年04月27日

だるま落としと曳家工法

祭りは終わり残ったのは何だろう。兎にも角にも聖火リレーは終わり、騒々しい迷惑な祭りは終わった。これまでは五輪の聖火リレーは何処の国でも歓迎されていた。今年の北京オリンピックが聖火リレーの歴史を変えた。何しろ日本の国内の聖火リレーが中国管理のものだったのだ。走る日本人ランナーは日本人から選ばれた、殆どの日本人から愛されているスター的な人々が殆どであり、そのほかのランナーもスターではなくても誰からも愛され親しまれるランナーだった。18.7キロを聖火リレーのトップはご存知星野仙一さんで最終ランナーもご存知野口みずきさんだった。

日本での聖火リレーにもかかわらず沿道には中国国旗が揺れる。異様な光景が展開する日本のど真ん中長野であった。中国国旗は中国から送られたものだという。勿論全ての国旗が中国本国から送られたものではいないだろう。しかし、多くの中国国旗はインターネットサイトで募金を集めて聖火リレーの行われる国の中国人に送られたという。そしてインターネットサイトは「愛国の模範」と称賛されているという。

「愛国の模範」の模範である。共産主義国家の愛国の模範は他国で中国の国旗を打ち振り自国の主張をすることだろうかといいたくなるが、最近の中国は少し変だ。中国は日本文化の故郷と思っている人は多いだろ。何だかんだ言っても、日本は儒学精神が根底にある国である。徳川幕府幕学も儒学であったし、維新後の修養教育もそうであった。論語は日本の精神文化の根底にある教えである。現在の共産主義国家中国とは関係ないかもしれないが、中国は孔子の国である。

中華思想がいまだに精神文化の中心にあるのかと思いたくなるような「愛国の模範」である。日本でも中国でも愛国は実に厄介だ。何処の国でも愛国を強調するのは実に厄介だ。愛国などは国旗を振りかざして強調しなくても誰でも持っているものである。そんな軽い気持ち持って欲しいものだ。

オリンピックは盛況に終わる方がいいに決まっているが、日本の長野を埋め尽くした赤い中国の国旗には違和感があった。式が始まると中国国旗が振られ中国国歌が長野に響いた。白いTシャツ姿の留学生がスクラムを組み会場を囲み「リレーを守ろう」と叫んいる光景はやはり異様だった。チベット問題の抗議を試みる人も日本人観客さえも中入れないというから恐れ入る。日本のど真ん中長野は何処の国かと思われるような光景は聖火リレーが終了するまで続いた。抗議の逮捕者が意外に少なかった。勿論個人的な以外である。世界に中国の病原菌を撒き散らしたような聖火リレーで、今まで中国贔屓だった人も中国が嫌になったかもしれない。勿論中国の全ての人とでもないし、巨大な中国の人口からするとごく一部の人間たちの横暴な振る舞いであるが、中国国家を考える上での基準である。  世界各国の聖火リレーへの妨害は、外国で暮らす中国人に愛国心を蘇らせたという人もいる。中国で弾圧を受け体制を嫌って外国に飛び出した中国人に愛国心が蘇ったケースもあるという。蘇った愛国心で団結した各国に住む中国人の聖火リレーに抗議する行動に対しての抗議の行動が中国の国家像もかえる結果になった。聖火レレーの光景を見て、 「文化大革命」と、歴史的なキーワードをあげる人もいる。確かに歴史的キーワードとしての文化大革命と重なる言う人もいるかも知れないが、文化大革命は中国の国内問題だが、聖火リレーは国際社会の繋がる問題だ。しかし、言論へさえオリンピックと嵩にしての弾圧まがいの事が起きているとのニュースもある。弾圧は国家からのものではなく、愛国的な集団からのものだ。集団ではなく若者を中心とした世論だ。文化大革命も若者が中心の運動だったという。果たして共通性があるかどうかの妙味はないが、北京オリンピック本番は聖火レー的な中国の愛国的な盛り上がりではなく、静かに盛り上がって欲しいもである。   
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2008年04月24日

不発弾は化学兵器化

 沖縄防衛局は23日浦添市内の建築現場で古い砲弾26発が見つかり、
 うち22発の内部に液体が詰められているのを確認したと発表した。
 有害物質は検出されていないが、
 「化学弾の可能性を否定できない」として、
 米軍に情報を照会した。
 

 沖縄県浦添市で今月中旬、
 陸上自衛隊が不発弾として回収しようとした、
 米軍の迫撃砲弾の中に、
 化学弾の可能性がある22発が含まれていたのだ。
 「混乱を避けるため」として場所を公表していない。

 見つかった不発弾は外形などから沖縄戦当時のものとみられる。
 現場からの移送を中止し、現場で安全に密封して、
 米軍などに照会して特定を急いでいる。

 見つかった砲弾は長さ約60cm、直径約8cmで太平洋戦争時の米軍の迫撃砲弾とみられる。いずれも信管はついているが作動状態になく、爆発の可能性はないという。通常弾の54発は陸上自衛隊101不発弾処理隊が回収した。


 化学兵器の化学弾と判明すれば、
 米軍が沖縄戦の際に持ち込んでいた可能性が出てくる。
 日本国内で米軍の遺棄化学兵器が見つかったことは過去に例がないという。
 見つかったのは浦添市内の民有地の工事現場で、
 今月7日に県警から陸上自衛隊に不発弾処理の要請があった。

 朝日新聞が報じているところによると、
 22発は「M57迫撃砲弾」で、
 同型弾には通常弾の液体発煙弾と、
 致死性の高い薬剤などを含んだ化学弾の2種類があると言う。


 沖縄戦で米軍が化学兵器を持ち込んだり、使用したりしたという明確なことは分かっていないが、ベトナム戦争では化学兵器が大量に使用され、沖縄では枯葉剤であるダイオキシンの輸送トラックの事故があり、輸送ルートの変更を求めての大規模なデモなどもあったという。

 ベトナム戦争での米軍の枯葉剤の使用は現在でもベトナムの人々を苦しめ続けている。その化学兵器が沖縄に大量に貯蔵され、嘉手納基地からBー52の爆撃機で北ベトナム攻撃に向かった。それと関係あるとは思えないが、沖縄は何時でも戦争状態である。

 

  旧日本軍は化学兵器を中国に遺棄し、
 日本政府が現在処理を進めている。

 その、中国での遺棄化学兵器処理事業をめぐって、東京地検特捜部が関係者を逮捕した。遺棄化学兵器処理事業をめぐって1億2千万円を流用したとしての逮捕であったが、巨額の国費投入の日本軍が残した化学兵器処理事業に関係する事件であった。


 戦争はまだ終わっていないと思う事件であり、
 また沖縄は戦争状態であると思える出来事である。

posted by mayoibsi at 10:42| 東京 ????| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月22日

李明博大統領テレビ出演

 NEWS23に訪日中の韓国李明博大統領が出演した。
 イギリスのブレア元首相が出演していたのは記憶に新しいが、現役の大統領の出演は大きな意味がありそうだ。

 勿論癌療養中でも筑紫さんは出演する。
 少し太った感じの顔色もいい筑紫さんは、
 癌療養中とは思えない元気さを感じた。

 ブレア元首相に対して、ブッシュの飼い犬を知っているかと失礼な質問をした輩もいたが、今回はどうかと、大学生たちの質問を聞いていたが、そんな馬鹿な質問者はいなかった。


 終始自らの政治哲学を主張する李明博大統領は、韓国では神話の大統領といわれているようだが、日本で言えば田中角栄元総理大臣的な革命的な発想の大統領という事だろう。田中角栄元総理大臣との共通性は多い。田中角栄元総理大臣がブルトーザー首相で、李明博大統領はコンピューター付きブルトザーである。田中総理大臣当時のブルトーザーにはコンピュターはないが、現在のブルトーザーにはコンピュターが付いているといえば、こじ付け的だろうか。


 静かに朴訥と淡々と話す李明博大統領は、過去は過去として未来志向の歩みを共通したが、過去について、自分幼い頃の虐められた経験から、虐めた方は忘れても虐められた方は忘れないの喩えで説明した。

 単純な説明が全てを語るかのような真実性がある。


 国家であろうと、個人個人の人間であろうと関係は単純なである。


 北朝鮮問題も同じようで、脅されての支援はしないと、実に単純である。政治手法の評価も評論も判断も出来ないが、日本生まれの韓国大統領は、やはり親しみが湧くものである。


 スマップの草薙剛は韓国通であり、ハングルも上手い。韓国ドラマリメイク猟奇的な彼女」にも出演しているというが、李明博大統領からもお墨付きを貰っての韓国との架け橋的な活躍が期待できそうだ。彼に流れる日韓の血が、日韓の架け橋タレと言っているようだ。

 

posted by mayoibsi at 19:08| 東京 ????| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月21日

ベネディクト16世アメリカ訪問

  ローマ法王ベネディクト16世のアメリカ訪問のニュースは15日であった。
 ブッシュ米大統領は自らが出迎える歓迎で神に最も近いと訪問者に敬意を表した。

 パウロ6世の死後法王のになったヨハネ・パウロ1世は在位32日であった。
 1978年からヨハネ・パウロ2世の時代となった。
 ヨハネ・パウロ2世は「空飛ぶ聖座」と呼ばれるほどに世界を飛びまわり、
 戦争を批判し平和を訴えた外交的な法王であり、
 メデイアに登場することも多った。
 だから多くの人にとっては、
 ローマ法王といえばヨハネ・パウロ2世であった。

 そのヨハネ・パウロ2世の死が発表され、
 後継者選出のコンクラーベや、
 バチカンに立ち上る白い煙のなどに、
 神秘的な思いと同時に素朴さを感じたのは記憶にも新しい。

 78歳の高齢になってからのローマ法王の座は、
 厳しいいだろうと思ったが、
 ベネディクト16世はいたって元気のようだ。

 ベネディクト16世はドイツ出身で、
 ナチス政権化のドイツで少年時代を過ごし、
 熱病のような社会の熱に浮かされ、
 ヒットラーに心酔した多くの少年の一人であった。

 日本でもよく言われる軍国少年であった。
 そのことは法王に選ばれてからも、
 一時的に話題になったが、
 問題にはならなかったし、
 なるわけも必要もなかった。

 アメリカ訪問中の16日が81歳の誕生日だった。
 ニューヨーク市内の聖ジョセフ神学校での青年集会で、少年時代の旧ナチスドイツ政権時代の日々を振り返り、「自由の素晴らしさ」を強調し、「宗教に至るまでのナチス色に染められていたのに、恐怖の認識は当時の社会にはなかった。恐怖が認識されたのはるか後になってからだった」と語った。

 「いつの間にかそんな時代になっていた」
 法王はさらに、
 「民主主義と人権擁護」
 「薬物の乱用」
 「ホームレスや貧困」
 「人種差別や暴力」
 「女性の尊厳を傷つける行為」
 「環境破壊」
 「強欲さと無責任な搾取」と、
 
 現在のあらゆる社会問題を取り上げてううよしていたといたとCNNは報じている。

  さらに、法王はこれに先立ち、障害者子どもたちを見舞った。
 
 私には「ジョニーへの伝言」でしか知らない5番街の聖パトリック大聖堂でのミサでは、カトリック牧師による子どもへの「性的虐待問題」に言及したという。因みにミサにはブルームバーグニューヨーク市長も出席した。

 そして、ニューヨークの同時多発テロの現場世界貿易センタービル跡地「グラウンド・ゼロ」を訪問し、犠牲者の為に祈りをささげた。その後はヤンキースタジアムで約6万人が参加する大規模なミサを行った。


 

posted by mayoibsi at 09:59| 東京 ????| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月20日

善光寺で落書き

 長野市の聖火リレーコースの商店会では、
 混乱を未然に防ぐために、
 歩道を飾るプランターやのぼり旗などを撤去するという。

 商店会はJR長野駅から善光寺参道の通り沿いにある。
 聖火リレーのルートは善光寺が出発地辞退で、
 その後はまだ決まってないようだ。
 変更後も商店会の近くを通ることはかわらないから、
 商店会の人々の苦労は続く。

 本来なら誇るべき聖火リレーコースであるが、
 今年は疫病神である。
 
 街中を花で飾る大型連休の催し、
 「善光寺花回廊」の準備も、
 聖火リレーが終わってからで、
 商店会の人々はリレー後の、
 慌ただしさに気も滅入るだろう。
 兎に角、早く終わって欲しい聖火リレーだ。


 そんな聖火リレーのことで苦慮する長野で、
 もう一つの中国関係のニュースは、
 レタス農家の労働力としての中国農家の人々だ。

 高原レタス生産量日本一の長野県川上村に、
 中国東北部の吉林省の農民が多数やってきた。
 何と現在の615人だ。


 11月まで農業研修生として信州野菜を育てるのだ。
 日本人の受け入れ先に負担をかけないというか、
 中国的なものに拘らないことを表明したというか、
 親しみを表現したというか、

 兎に角、日本名を名乗ってのいると言う。

 文句を言うわけではないが、
 親しさを求めて、日本の受けいれ先の人々を気遣ったと言っても、
 自分の名前を伏せて日本名を名乗るのは不自然だ。

 中国食品への日本人の疑惑を解く試みかもしれないが、
 中国の農家の苦労が分かるような気もする。

 受け入れ側の日本の農家にしてみれば、
 それは行き過ぎた気遣いであり、
 如何に難しくても、
 相手の名前を変えろなどを望みはしない。

 先祖崇拝の儒教精神が精神文化の根底にあるはずの中国の農家の人々が、自分の姓名を一時的にしろ捨てることになるのだから、複雑な思いは双方にあるだろう。できるなら、そんな事はしないで普通の状態で接してもらいたいものだ。

 何度も名前を間違うのも、
 面白いし親しさの増すことにもなるのだ。

 語学や生活習慣の研修後彼らは畑に出る。
 春はレタスの苗を植え、
 夏の間は収穫に追われ、
 秋はハクサイの栽培だという。

 中国の若者が日本向けの野菜を作り、
 安全な野菜を宣伝する時が来るだろう。
 そして、北京オリンピックの聖火リレーの思いでを、
 語る解きも来るだろう。

 そんな時のためにも、
 聖火リレーは混乱無く終わって欲しいものだ。

 しかし、簡単には終わりそうも無い事件が起きた。
 
 聖火リレーの出発地辞退の善光寺で落書き事件が起きた。6カ所に落書きがしてあったのだ。落書きは白いスプレーで円や線の単純なもので勢いだけでの嫌がらせに決まっている。聖火リレー出発地辞退戸の関連性は明確ではないというが、この時期のことであり、真っ先にその関連瀬と疑うのが普通だが、現在のところは何ともいえないようだ。

 願わくば犯人は別にいて欲しいと思う。
 
 

posted by mayoibsi at 16:36| 東京 ?J| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月17日

なんたって団塊世代

 
 2007年問題は団塊の世代の定年退職の始まりによる様々な問題の発生を懸念した言葉であった。其の2007年は過ぎ2008年の今年は、いよいよ本格的な団塊世代の定年退職の歪が起きそうだ。其の一つとは言えないかも知れないし、歪ともいえないかもしれないが、75歳以上のお年寄りを後期高齢者と定義しての後期高齢者医療保険制度も、団塊の世代の75歳到着時を想定しての制度だという。何につけても注目される団塊の世代だ。

 
 団塊の世代が特別に注目されだしたのは何時ごろからだろうか。
 日本の第二次世界大戦後の復興の歩みと共に生まれ育った大集団は、
 成長過程でも常に注目され、
 団塊の世代と言う称号が与えられてから、
 いよいよ注目度を増した。

 社会制度が其の世代を対称にして、
 整えられるといった感じであった。
 そんな感じの団塊の世代が定年退職に差し掛かると、
 様々な意味で注目度が増した。

 そして、ついにと言うかそこまでもというか後期高齢者医療制度も団塊の世代の75歳への到達を前提にしての制度ということになった。
 評判のかんばしくない後期高齢者医療制度のその次には、やはり団塊の世代が到達するであろう終末を想定しての週末医療へと制度も移っていくようだ。終末医療がどういうものを示すかさえ判断できないが、大量の人間が同じような死に方を要求されているようで違和感もある。



 死んでいく人間の医療の問題は、
 如何に楽に死なせるかだけのような気もする。
 終末医療の名の下に、
 集団安楽死などの、
 悲劇も起こりそうな予感は、
 被害妄想気味だが、
 後期高齢者していの行き着く先には、
 そんな事も考えられそうだ。

 さて、後期高齢者とは関係ないが、
 団塊世代定年退職の歪の一つが浮かび上がった。

 団塊世代の大量退職で、
 東京大阪の大都市の教育委員会が、
 九州での新人教員の争奪戦を繰り広げそうだと言う。
 

 大量の団塊の世代の定年退職で、
 募集人員が増加し競争倍率が下がった。
 競争倍率が下がれば、

 教師の質の低下は当然ついて回る。
 教師の質の低下が言われて久しいが、
 更に拍車を掛けることになり、
 学校がらみの事件や、
 学校裏サイトなどの活発化さえ懸念される。
  
  

posted by mayoibsi at 18:13| 東京 ??| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月14日

北朝鮮関係ニュース

 北朝鮮関係のニュースだ。 
 ニュースは蓮池透さんの発言だ。

 日本政府は拉致問題の進展がない経済制裁の半年間延長を閣議決定した。一向に進展し拉致問題の起爆剤として自分が北朝鮮訪問の意思があることを表明したという。

 北朝鮮訪問である。
 拉致被害者の家族の一員の訪問である。
 当然、北朝鮮が受け入れることはないだろう。

 蓮池透さんは13日に放送された「日テレNEWS24」の「プラネット・Viewスペシャル」に出演し、経済制裁の延長よりも、「可能な限りの手段で、交渉していくべきだ」と主張し、交渉の突破口の一つとして、  「拉致被害者家族という立場から訪朝し、真相究明したい」と述べた。

 
 小泉元首相の訪朝から約6年たち、拉致被害者家族は北朝鮮に対し、厳しい姿勢で臨んできたが、目に見える進展はなく、今回の透さんの訪朝希望の表明は、新たな動きとも言える。


 確かに拉致問題は一向に進展していない。
 経済制裁の効果は殆どないかも知れないと思うが、
 しないよりはした方が北朝鮮が困るのは当然だが、
 北朝鮮の態度を変えさせるだけの決定的な効果はなかった。

 しかし、別の効果はあった
 日本国内における北朝鮮関係組織の弱体化である。

 北朝鮮の経済的な支柱として中国への門戸が開かれている。北朝鮮に対しての経済制裁での決定的な効果は期待できない。日本の経済制裁は北朝鮮国民を苦しめるだけのような気もする。
 蓮池さんの北朝鮮訪問が起爆剤の要素になり得るかどうかは、結果を見るほかないが、仰る通り可能な限りの手段を講じるということで、北朝鮮の意向を聞くという方法は無いだろうか。そんな事は北朝鮮の関係のニュースがあるたびに何度も思ったが、拉致事件を政治問題だと考えないで、単なる誘拐事件として解決する方法である。
 誘拐事件なら人質の安全な救出が第一条件で、犯人を刺激しないように犯人の要求をのむのが事件解決の第一歩である。どんな理不尽な要求も人命救出の為には聞くしかなく、先ずは人質の無事な救出の為に全力を尽くすのはテレビドラマや映画などでもお馴染みであり、そこからスタートすべきだと思う。


 誘拐犯人である北朝鮮の要求を先ず聞くことからはじめる。国としての外交とかの問題は別問題として、先ずは誘拐犯人に要求を聞くのが先決である。要求は聞き入れるから、人質の無事の確認以外には北朝鮮に何も求めない。要求は何でも聞き入れる。例えそれが一人頭の金額が要求されても、例え自衛隊の艦船や航空機でも、要求どおり聞き入れる以外には無い。人質と交換して後処理が政治問題だ。


 短絡的で幼稚な考えであるが、
 そんな事でしか解決しそうに無い。
 拉致問題は誘拐拉致であり、
 政治問題以前に犯罪である。

 蓮池さんが言うように、拉致問題は一向に進展しない。
 それは、帰国した拉致家族にとっても心の痛いことであり、
 自分たちだけ幸せに暮らしていくことへの、
 罪悪感にもなるだろう。
 それは他の拉致被害者との面識があったという前提である。

 

 北朝鮮問題は、
 その根が日本の朝鮮半島支配とか、
 よど号事件なども絡んで複雑に展開するが、
 真実は犯罪である。
 
 犯人の要求を聞き入れ、
 人質の救出をする以外に無いと思う。

 
posted by mayoibsi at 11:50| 東京 ?J| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月12日

橋元知事「サイは投げられた」

  橋下徹知事直轄の改革プロジェクトチーム(PT)は、
 08年度予算で総額1100億円の歳出削減を、 
 目指す財政再建案を発表した。

 
 橋下知事の命を受けた改革プロジェクトチームは、
 改革プログラムを、
 11日午前の部長等意見交換会で明らかにした。

 橋下知事は、
 「サイは投げられた」とあいさつしたが、
 
 各部長からは、
 「削減ありきで理念がない」と、
 批判が飛び交った。

 
 「理念を打ち出していなかったのは私の責任」と、
 橋下知事は認めるが、
 マスコミが入っていただけに、
 真っ向から吠え立てる職員はいなかった。


  やるもんだと思った。
 改革、改革といっても本格的に改革に乗り出すとは思わなかった。
 仮に本格的な改革に乗り出すにしても、
 幾つかの目に余ることを改める程度だと思っていた。

 
 恐らく橋下知事の発言を苦々しく聞いていた幹部職員も、改革を唱えたところで、取るに足らないと高を括っていただろう。そんな幹部職員は改革プログラムを突きつけられて、腹が煮えくり返っていただろう。しかし、会議室にマスコミが入っていては、強気の反対も出来ないし、困ったものだと思っているだろう。それでも、「若造が何を吠えている」としか考えて無かっただろう。


 プロジェクトチーム(PT)は「収入の範囲内で予算を組む」という知事の方針のもと、9年連続の赤字から脱却する目標を掲げ、借金返済を先送りしてきた「赤字隠し」の手法もとらないとした。


 理念がないというのが理解できないが、
 小泉改革の当初の目標と同じような気がする。
 小泉元総理も改革へのエールと送っているという。

 
 天下の大阪が財政赤字に苦しむ自治体とは考えにくいが、
 現実は夕張一歩手前などの言葉もあったほどで、財政赤字は凄いという。


 プロジェクトチーム(PT)の発表した改革プログラムで、
 何といっても総額238億円の医療費助成事業の見直しは抵抗が大きいだろう。

 
 高齢者障害者
 ひとり親家庭、
 乳幼児を対象にした
 助成について原則として、
 月1千円の自己負担額を、
 1割負担とすることなどで、
 計13億6千万円を削減する案を提示したのだ。
 
  また、27の府立施設の見直しでは8施設を廃止し、民営化や統合なども含めて6億5千万円を削減するという。46の出資法人では、16法人を統廃合するなどして補助金や委託料計36億8千万円を減らす。具体的な名前などでなくても、多くの府施設の廃止や、統廃合なども発表され、削減額なども明示されては、高を括って入られないのが関係者である。


 味方は世論だが、文化的な施設の廃止や統合への抵抗は世論も味方ではないかもしれない。勿論敵ではないが、かといって味方でもないといった感じだろう。


 職員は当然に敵となる。
 しかし、全ての職員が敵ではない。
 多くの味方もすぐに出来る。

 
 府議会もテレビ中継されると、いよいよ府民の関心も高まるだろう。今までも議会あっただろう。しかし、大阪限定の放送であった。これからは、全国中継となれば話が違う。インターネットは当然で、議会の模様がライブ中継だとわかりやすい。

  
posted by mayoibsi at 17:27| 東京 ????| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月10日

死刑執行記録は鳩山法務大臣

 鳩山法務大臣が3度目で10人目の死刑執行命令書にサインした。 鳩山大臣は3度目の今回は4人の死刑執行にサインしたわけである。 執行記録の法務大臣として、前の長勢法務大臣と並んだわけである。  死刑が執行されたのは、  82年に大阪で宝石商の夫婦を殺害して現金を奪った中元勝義死刑囚 89年に滋賀県で元同僚の男性2人に、睡眠薬を飲ませて殺害した中村正春死刑囚、 89年に東京杉並区で資産家の女性ら2人を殺害した秋永香死刑囚、 2002年に群馬県16歳の女子高生を車で連れ去り、首を絞めて殺害した坂本正人死刑囚の、  4人だ。  今年2月1日についでの死刑執行は、 鳩山法務大臣になって3度目の死刑執行で、 合計10人の死刑執行である。  死刑執行にこだわる鳩山法務大臣は粛々と赤鉛筆でサインをしている。法務大臣としての優秀さが死刑執行とは関係ないと思うが、増え続ける死刑囚が鳩山法務大臣の在任中に一気に減りそうだ。死刑囚の名前や事件等の情報が公開されたのも鳩山法務大臣になってからである。   法務省は10日午前に4人の死刑を執行したと発表した。 鳩山法務大臣は記者会見で、 「これからも、粛々とやらせていただく」と淡々と語った。  残る死刑囚は104人だという。 繰り返すが、 現在の鳩山法務大臣の記録は、 前任の長勢法務大臣と並んで10人だ。   前大臣は4カ月に1度だったが、 鳩山大臣は2カ月に1度の間隔で、 執行命令へのサインだ。   刑事訴訟法では死刑判決確定後6ヶ月以内での死刑執行と言う事らしいが、エスカレーター方式に死刑執行とはいかなかった。死刑判決の確定から執行まで最近の10年間を見ても平均8年だという。凶悪犯罪が多発し、死刑囚が多いこともあるが、死刑囚は増え過ぎていると、鳩山法務大臣は思ったのだろう。   死刑執行に当たる、刑務官らには死刑執行手当2万円が支給されるという。振り込みだと家族に気付かれる可能性があるから、手渡しで支給されるという。自分が押したスイッチに電流が流れ、死刑執行のための機器が動いた確立は5分の1であるから、確率的にもそれ程精神的負担いはならないと思うのは、野次馬的考えである。5分の1でも自分のスイッチで殺したかもしれないとの思いは持ち続けるだろう。  丸山健二の小説「夏の流れ」にそんな刑務官が描かれている。  日本の死刑方式は絞首刑だという。死刑台は絞罪器械図式で明治6年太政官布告第65号に定められているというから、かなり古い方式が続いているわけである。拘置所長の合図により、5人の刑務官により同時にそれぞれの担当するボタンを押す。刑務官の精神的負担は5分の1というわけである。その死刑執行の様子は一切公表されないし、立会いも行政府に属する者に限定されている。   これまでは法務大臣が辞任間際に死刑執行命令がなされるのが普通であった。普通の言い方は適切ではないかもしれないが、在任中にはサインする法務大臣は少なかった。やめる間際にサインするのだ。それはたとえ死刑囚でも自分の意思で殺すという罪悪感が法務大臣なあったからであるが、誰かがしなければならにとの意識もあるだろう。死刑廃止論の法務大臣が続けば死刑囚は多くなるわけである。  国会中には司会執行は無いなどの今での常識は否定され、 前の長勢法務大臣の 07427日国会開催中での執行で、 07127日、 臨時国会開催中の執行は鳩山法務大臣であった。 その時、 初めて死刑執行者の名前、 犯罪事実や執行場所が公表された。  粛々とサインする鳩山法務大臣は、

 その後何人の死刑執行をするだろうか。

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2008年04月09日

瀧村仁監督中国政府へ呼びかけ

日本からも中国政府への呼びかけがあってもいいと思った人は多いだろう。政治的な呼びかけでなくても、人権擁護団体などの呼びかけや抗議と共に、文化人や宗教関係者の抗議や呼びかけがあってもいいと思った人は多いだろう。あったかもしれないけど思ってだった呼びかけはなかったような気がすする。
 ドキュメンタリー映画「地球交響曲」の龍村仁監督らが、中国政府にチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世と直接対話するよう呼びかける声明を発表した。抗議でもなく、問題解決のための対話を促す呼びかけである。
政治色を排除しての至極最もな解決への道筋が対話だというわけでの呼びかけだ。龍村仁監督は「国際的な仲介者の下で、一日も早く話し合うことが、中国政府が世界の信頼を取り戻す唯一の道だ」と訴えている。日本政府にも「直接対話の実現に、あらゆる外交手段を使って働きかける」ことを求めた。国際的仲介者に日本政府がなるように求めているようだ。しかし、日本政府にはそんな器量はないだろう。政府に器量と言う発言は当たってないかもしれないが、やはり器量である。
 ダライ・ラマ14世にインタビューした経験がある龍村さんは「非暴力を貫く法王の考えを知っている我々が訴えないといけないと思った。北京五輪を妨害する立場ではない」と言っている。
 の湯川れい子さん、ジャーナリストの下村満子さんたちでほかにも著名人の賛同者が多くいるという。

 賛同者の一人音楽評論家の湯川れい子さんは、

 「五輪までに話し合いを。
 石ころと棒きれしか持たない人への
 暴力はやめて」と語った。

 「石ころと棒きれしか持たない人」の表現は如何にも詩的であり、チベットの僧侶もそうだし、一般の人々を見てもそんな言葉は実感できる。巨像が踏み潰す蟻の感じである中国のチベット弾圧は、世界の世論以外にやめさせる事は出来ないだろう。

 チベットの人々の望みが世界の世論への訴えであり、その最も効果的な方法としてオリンピックと結びつくチベット暴動となったのだ。世界の世論の前で中国政府とダライ・ラマ14世の話し合いが成される事が最も望ましい。

 抗議の声は世界から聞こえても、
 話し合いへの呼びかけは聞こえない。 
 
 国家の威信をかけたオリンピックの成功へ過敏になっている中国への抗議は逆効果になる事もあるが、呼びかけには真摯に対応しそうだと期待する社会的発言力のない田舎の野次馬である。

 現在の日本で北京オリンピックを妨害しようなどの考えは殆んどないだろう。しかし、チベット問題を認める人もいないだろう。

 多くの人の心は北京オリンピックヘに向かっている。
 しかし、チベット問題に目をつぶることも出来ない。

 多くの日本人のジレンマだと思う。
 もっと多くの著名人が中国政府への呼びかけに名を連ねて欲しいと思う著名人ではない田舎の野次馬である。 
 
posted by mayoibsi at 11:40| 東京 ????| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月08日

聖火は消えた

 聖火が消えた。
 聖火が消えるなど考えもしなかったが、
 聖火が消えた。

 ギリシャのアテネの女神によって点火された聖火が、
 世界をめぐって北京に到着するはずが、
 聖火が途中で消えた。

 勿論消えても点火すれば同じ火だし、
 予備の火もあるというから問題はないが、
 しかし、アテネの女神によって点火された火が、
 消えたことには違いない。

 そんな思いでパリの聖火リレーを見ていた。
 聖火ランナーが走る沿道では、中国政府への抗議をする人権団体などが待っている。聖火ランナーが近づくと抗議の声を上げ妨害活動にでる。そんな抗議のために聖火は消え、途中で聖火リレーは中止となった。そして、消えた聖火をバスで運ぶことになったという。果たしてそんな事で意味があるのかどうかは何ともいえないが、アテネで女神によって点火された聖火が、消えることなくランナーからランナーへ手渡されていくから意味もありそうだが、消えた聖火をバスで運んでの聖火リレーはオリンピックの意義を否定さえしそうだ。
 フランスはオリンピックの父クーベルタン男爵の国である。その国での聖火リレー妨害はそれなりの意義もあるかと考えるが、クーベルタン男爵の国と言う事は関係なさそうである。ヨーロッパの国々の人権意識かもしれない。
 また、NGOの活動が政治的な色彩を感じるのは、捕鯨戦への抗議のシーセパードの抗議などが意識にあってのことでもある。
 それに、チベットのダライ・ラマ14世は北京オリンピックに反対などしなし、むしろ成功を願っていると言う。しかし、人権団体はチベットへの弾圧やその後の中国政府の対応を許せないというわけである。確かに、チベット取材ツアーなどは如何にも欺瞞性にとんでいたが、北京オリンピックとは結びつけるのは逆の効果しかないような気もする。
 チベット問題への抗議は当然であるが、オリンピックは別だというのが一般的な捉え方だ。しかし、反面チベット問題を世界に知らせるには、オリンピックが最高の効果がある。

 しかし、またまたしかしであるが、
 オリンピックと政治は別にして欲しいのが、
 多くの日本人の考えだ。

 中国政府を必要以上に刺激して逆効果になる可能性もある。ソ連のアフガニスタン侵攻へ抗議してのモスクワオリンピックのボイコットとは、基本的に違うというわけである。かといって、ロンドンやパリの抗議活動を完全に否定することも出来ない複雑さが、現在の世界にはある。 
 警察当局はリレーを妨害した28人を一時拘束した。ロンドンに続きパリも颯爽とした自由と平和の祭典に向けての聖火リレーではなかった。車椅子の聖火ランナーが苦労していたのは、抗議活動への抗議さえ起こりそうな情景だった。

 くりかえすが、
 エッフェル塔展望台を出発した聖火リレーは妨害のため何度も中断した。
 聖火は4度消えたと言う。その都度点火したのだ。

 80人の聖火ランナーのうち、
 一部のランナーが抗議の意味として、
 「より良い世界のために」と記した、
 バッジを胸につけて走った。

 パリ市当局も「パリは人権を擁護する」の、
 横断幕を市庁舎に掲げた。

 妨害ではなく、そんな抗議でいいだろうと、
 日本の野次馬は思うのである。
 「より良い世界のために」と記したバッジを胸に、
 聖火ランナーが走り続ける映像が世界に流される。

 それこそ、中国政府には効果的かもしれない。
 暴力を否定する非暴力的抗議が最も効果があると思うのである。
 
 

posted by mayoibsi at 18:03| 東京 ?J| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

川内康範さん亡くなった

森進一が歌う「おふくろさん」は、日本を代表する道徳歌謡の一つである。
 そんな事を言うと、道徳歌謡などの言葉が意味をなさない言われるかもしれない。

 しかし、道徳演歌よりは道徳歌謡といった方が、
 川内康範先生は喜んでくれそうだ。
 二度と歌わせないと怒りの、
 川内康範先生が目に浮かぶのは、
 川内康範先生が亡くなったニュースに触れたときである。

 川内先生の怒りの意味は良く分からなかった。
 あるいは森昌子との離婚が気に入らなかったのかと、
 時期的な一致で考えたが、
 そうでもないらしいと直ぐに気づいた。

 「おふくろさん」騒動の真相は、
 歌い始め、つまり曲の頭の部分に、
 森進一が勝手にセリフをつけていたのだ。
 しかも、川内先生に許可なしでだ。

 それまで黙っていた川内先生が突然、
 「もう歌わせない」と怒りとしたのだ。

驚いた森進一は、川内先生の機嫌取りに奔走した。
しかし、川内先生は。
 「森は嘘八百をならべている。そんなヤツと会ってもしかたない」
 「解決策は無い」と言いながらも、

 川内先生は、
 
 「訴訟などで争うつもりはないが、
  僕の歌を歌ってはいけない」と言っていた。

 そして、森進一は、

 「先生の会見を見て、
  あんなにご立腹だとは思わなかった。
  できるだけ早く先生にお会いして、
  自分の気持ちを伝えたい」 と、
 
 青森の川内先生の自宅へも行ったがね
 会えなかったのどの報道もあった。


 川内先生が怒ったセリフは、

  「いつも心配かけてばかり 
  いけない息子の僕でした 
  今ではできないことだけど 
  しかってほしいよ もう1度」と、
 
  死んだ母親を偲ぶ息子のセリフだ。
  
 著作権法的には川内先生に分が悪いというが、
 そんな事は関係ないのが道徳歌謡であり、
 「おふくろさん」であると、勝手に規定する。

 この騒動の詳しい過程は、 石橋春海著「封印歌謡大全」に詳しいという。

 「封印歌謡全集」は、
 いわゆる封印され表に出る事のない歌謡曲を、
 石橋春海氏がまとめたものだ。

 そんな事は兎も角として、昭和の特別の味のあった作詞家であり、又作家であった。政治家との関係も強く、最も新しい記憶では亀井静香先生への歌の指導風景が印象的だった。「亀井ちゃん」と呟くような川内康範先生は、天国で呟いているようでもあった。

 多くの曲の中でもね
 「伊勢佐木町ブルース」は、
 特別な存在感のある曲であった。

 青江美奈のハスキーな声も、
 あの歌詞とマッチし、
 特別の歌謡曲として歌い継がれている。
 
 「月光仮面」の原作者と知って驚くが、
 更に驚くのは月光仮面の仏教的な意味である。
 薬師三尊の月光菩薩からね
 月光仮面の名前が考えられたと言うのは感動的だ。

 機動隊の応援歌を作り、
 政治家の派閥への応援歌があったり、、
 グリコ・森永事件で犯人の「かい人21面相」にね
 犯行中止を呼びかけたりして、
 何とも魅力的な人であった。

 「亀井ちゃん」、
  「亀井ちゃんよう」
   「もっと心を込めて歌わなければ駄目だよ」

 狐に摘まされたようなね
 大政治家亀井静香の表情が目に浮かぶ。
posted by mayoibsi at 09:46| 東京 ?J| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月04日

橋下改革が始まる大阪

 去年の今頃は宮崎県の東国原知事の奮闘が話題を独占した。
 今年は大阪府の橋下徹知事の奮闘振りマスコミが賑わう。
 これまでの権威主義や秘密主義に、
 真っ向から立ち向かう橋下知事の、
 改革精神は大きな対抗を受けることは必至だ。

 現在は府民が見方の、
 世論しか味方のいない感じである。

 改革を前面に打ち出す知事には、
 政党を全て敵にまわしても、
 府民の立場での改革を進めて欲しいと、
 望むのが大阪府民だろう。

 橋下改革には府職員意識が第一の敵となり、
 反撃と言うか対抗の表明的に、
 女性職員の噛み付きにあった。

 仮にも雇い主であるはずの知事に「あなたはも現場も知らないで、、、、」などの発言をした愚かさは兎も角として、庶民感覚と言うか、府民感覚というか、一般社会感覚を無視しての、公務員の特別待遇を求める職員感覚を証明して見せた。大阪府の職員が如何に楽しく、のんびりとした仕事をしているかがわかっただけでも、女性職員のかみつきには意味があったと、皮肉ではなく正直に思うのである。

 兎にも角にも橋下知事は改革プログラムを示して、
 財政再建に向けて歩き出した。

 それが「大阪維新プログラム案」だという。
 プログラム案は
 「財政再建」「政策創造」「府庁改革」の3本柱で構成されている。

 「財政再建」を見ても、
 「予算編成過程の公表」
 「年度末に余った予算を使い切る慣習の是正」
 「病気休暇の厳格化」「弔慰やお祝い金の知事交際費全廃」
 など、すぐに出来る事が色々ありそうだ。

 また、

 「分かりにくいことはやめる」とか、
 「甘えない、サボらない」を徹底したいとか、
 
 日常的な何でも無いようなことから、
 はじめようという事だ。

 それらが、
 「新しい自治体経営の姿」ということになるらしい。

 
 病気休暇の年間90日間ついても見直すというから、職員の反発は当然かもしれない。しかし、やはり庶民感覚では特別の優遇が感じられる。病気休暇の年間90日間は兎も角として、7日未満は診断書不要とは驚きである。

 それとは別に、1日30分の休息時間の廃止がある。休憩時間は必要と思うがどうだろう。勿論、就業時間との関係での判断だ。何時から何時までが府職員の勤務時間かで判断が異なるだろう。朝礼なども時間内で無ければ反対する公務員の勤務時間は、庶民感覚では判断できないということで、世論は橋下提案を支持するだろう。
 また、橋下知事は、「府民サービスを削減する1100億円の財政再建に匹敵する府庁改革をやらなければ、府民は納得してくれない」と言った。

 新しい政治意識と言ってもいいかも知れない。
 理屈をこねれば当然のことだともいえるが、
 今までの政治家からね
 「財政再建に匹敵する府庁改革」などの言葉をね
 聞いた事が無い。
 
 痛みの伴う改革はね
 小泉改革で十分すぎるほど味わっているが、
 その痛みは漠然としたものであった。

 しかし、1100億円削減の痛みに匹敵する改革をすると言う。
 1100億円の削減でカットされたサービスは痛みは現実にあるのだから、
 それに見合う改革であり、目に見えるものを示さなければならない。

 府民から1100億円分のサービスを取ってしまったら、
 その分の改革を示すというのである。
 
 そんな中で抵抗の一つかどうか知らないが、地方独立行政法人「大阪府立病院機構」が運営する府立5病院の院長の基本給を最高で月額10万円増額するという。その意味は分からないが、民間なら御自由のどうぞと言うところだ。お医者さんや看護師への報酬アップなら兎も角、トップの報酬のアップは何とも嘆かわしいような、権威主義が蔓延る地方行政の闇が見えてきそうなニュースだ。

 これから先、どういう風に進むか他都道府県の人間も感心がある。
 
posted by mayoibsi at 16:58| 東京 ????| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月03日

高校野球はベスト4が決まった。

 第80回記念選抜高校野球大会もベスト4が決まった。
 今大会は殆んど見てないが先日の、
 沖縄尚学天理戦は試合開始から試合終了まで見た。
 
 沖縄尚学はエース東浜ではなく背番号10番の左腕上原亘で、
 対する天理はエースナンバーの右腕井口が先発であった。

 立ち上がりの悪い上原に対して天理の右腕井口は、
 長身をくねらしての見事なピッチングであった。
 アンダー・スロー独特のしなやかな流線型のフォームは華麗さえあった。
 地を這うと思える右腕から投じられる球は打者の手元でホップする。

 試合開始時の予想は天理の大勝かと思った。
 それ程両投手の立ち上がりには差があった。

 逆に幸いしたのは上原投手のコントロールの悪さであった。
 策の打てない程のコントロールの乱れが幸いし、天理は得点できなかった。
 それでも当然、先に得点したのは天理であったが、大量得点にはならなかった。
 
 上原に代わったエースへ浜東は、
 ラッキーアンラッキーが同じ場面で展開されたかのように、
 バントでのダブルプレーのラッキーの直後に打球を膝に当て蹲るアンラッキーに見舞われた。
 
 「足がなくなった気がした」ぐらいの激しい痛みに耐えた。ベンチに引き揚げたが、痛みが治まりかけたので続投した。そして無失点で切り抜けた。「先発の上原が好投したから気合が入った。痛みは、今は興奮しているので感じません」が試合後のコメントであった。検査では骨に異常がなく打撲と診断だ。

 そのバントの失敗が全てと試合後の天理の監督が言っているように、そのインニングが勝敗を決めたといっても過言ではない。

 その試合でもっと印象に残っているのが、
 沖縄尚学の比嘉監督であった。

 最初見たときは選手かと思ったほどで、
 選手といっても疑わない程の眉目秀麗な童顔である。

 自らがエースナンバーを背負って優勝した大会に、
 監督として参加するのは、
 幸運以外の何ものでもないと思うが、
 比嘉監督にはそれを当然と思わせる雰囲気がある。

 勿論個人的な感想だ。



 大会で最も若い比嘉監督は動かない。
 当に静の極みだ。
 サインを出しているかさえ、
 分からないぐらい動かないし表情も変えない。

 慄然として気品さえ感じる若い監督はポーカーフェースであった。
 試合後のインタビューでも言葉少なに選手を称えるだけである。

 これまでの監督の概念は比嘉監督には無い。
 

 今までの監督は日焼けして気骨ばったイメージで、
 明らかな教育者の雰囲気だが、
 比嘉監督には押し付けがましい教育者のイメージは無い。

 本人も教育者とか監督とかの意識はなく、
 兄貴的な感覚での監督だと思うが、
 それでも何か違った雰囲気だ。

 残り少なくなった春の選抜高校野球の楽しみは比嘉監督である。
 彼が何を考えどんなパフォーマンスをするか、
 また、その時々の考えを予想しながら、
 残りの試合を見ることにしている。

 
posted by mayoibsi at 13:16| 東京 ????| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする