2007年12月31日

十大ニュースは?。

大晦日の一年の総括はなんとも慌ただしいが、
個人的な10大ニュースを、並べてみると、

 1.パキスタンブット元主首相暗殺 
 2.小沢さんを取るか私を取るかの安倍元総理大臣の演説
 3.永井健司さんの銃撃事件
 4.韓国人ボランテイア誘拐事件
 5.松岡農水大臣の自殺
 6.朝青龍のモンゴルでのサッカーの試合でのゴールシーン
 7.大連立
 8.守屋天皇証人喚問
 9.亀田狂騒劇
10.赤福偽装


 と思いつくままにそれが順番だと思ってあげると、妥当な事件もあり、そうでない出来事もあり、又これこそは一位意だろうと思うようなことも新たに浮かんでくる。2007年は突発的な事が多かった年でもあるが、災害だけは人間の責任ではないから思い出さないことにしての十大ニュースである。

 何といっても、個人的にはイスラム世界の至宝ともプット元首相の暗殺事件は衝撃であったが、それは記憶に新しい生々しさのせいでもあるだろう。

 一つだけ上げれと云われれば、
 ユーモラスにして、最高の映像は、
 朝青龍のゴール・シーンである。

 2007年の最高の映像は間違いなく、
 朝青龍のゴールシーンだ。

 色々あった2007年も後何時間かで終わる。
 そして、色々あるだろう2008年への引き継がれる。
posted by mayoibsi at 11:54| 東京 ????| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月30日

福田総理の歓迎は続く

支持率急落で悩みも多い福田総理大臣だが、中国では熱烈歓迎で、異例尽くめと思える歓迎だ。

 全国中継のテレビ放映で北京大学の講演は中国全土に流された。13億の中国国民は、野比のび太の野比康夫が総理大臣の福田康夫だと再確認した思いで、中国流のの賢人的な温和さの福田総理大臣に親しさを感じただろう。

 色々な演出の中で恩家宝首相とのキャッチボールなどは失笑にあたし、小泉純一郎下総理大臣とブッシュ米国大統領とのキャッチボール風景を思い出し、逆効果のそしりも免れないが、福田総理大臣歓迎の気持ちは確かなものだ。


 兎にも角にも熱烈歓迎は続きく。

 孔子様は中国の精神文化の起草である。その教えは日本文化の根底にある精神である。武士道も源は孔子様の教えと言ってもいいだろう。論語は聖書や仏典以上に日本文化に影響を与えた。

 孔子廟訪問は、
 いかにも論語の教えを重視するイメージの福田総理らしい。

 


posted by mayoibsi at 16:52| 東京 ?J| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

千秋が離婚した

  今年を締めくくる芸能ニュースは千秋の離婚だろうか。
 今年もあと一日あるから、
 もう一組くらいの離婚ニュースが、
 あるかもしれないと思いつつも、
 ・・・・・・・・・・
 兎にも角にも千秋が離婚した。

 結婚、離婚のニュースが同じ頻度で繰り返される、
 芸能界での離婚ニュースには驚かないのは世界の常識である。
 結婚は兎も角として離婚は驚くこともない。

 

 しかし、お笑いタレント系のタレントの離婚には、
 それなりの壮烈さも感じるのは、
 芸能音痴のせいだろうか。


 壮烈である。


 夫婦共々お笑い系タレントでも、
 千秋の方からの離婚報道は、
 人気商売故でも旦那の方から考えると、
 悲しい現実である。
 
 壮烈さは千秋の方への表現になりそうだ。

 ココリコというお笑いグループは、人気がありそうだが、何かインパクトがなく、田中、遠藤の名前は知っているが、どんな芸風のなどの特徴が浮かばない。
 離婚は自由であり、何時発表してもいいだろうが、こんな年の瀬に何のつもりでと言う思いはあるが、現在的には年の瀬も関係なく、芸能人にとっては正月はハワイでとかの面子のようなものがあり、成田やハワイの空港でのインタビューの関係での年の瀬の発表かと納得する。

 千秋のぶろぐ、
 何度か見たが、
 離婚でぶろぐを見るのも、
 何と無く気が引ける、
 おかしさで、
 躊躇っている。
 
 それにしても、千秋のぶろぐは本にもなり、、、、離婚におめでとうはないが、何故か、おめでとうと言いたいのである。 

posted by mayoibsi at 15:20| 東京 ?J| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月29日

内戦のパキスタン


パキスタンは内戦状態になった。

核保有国パキスタンの政情は、世界平和に大きく影響する。
北朝鮮との親密な関係もあるパキスタン情勢は、
日本にも遠い国の混乱ではなく、身近な問題だ。

何よりインド洋上での給油活動には直接関係する。
自衛隊の給油活動で、最も恩恵を受けているのは、
パキスタン海軍だから、、、、、、。




posted by mayoibsi at 08:07| 東京 ?J| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月28日

オダギリジョー結婚

人気俳優オダギリジョーさん(31)と、女優香椎由宇(かしい・ゆう)さん(20)が27日夜、記者会見し結婚すると発表した。年明けに婚姻届を出す予定だというが、20歳の結婚は最近では珍しいとも思われる。

 

結婚記者会見は何時見ても、何時聞いても爽やかなものだ。オダギリジョーの芸名が面白いといえるが、本名を単にカタカナ書きにしただけなのかと、芸能開通なら誰でも知っているようなことで考え込んで、今度は香椎由宇さんの名前で考え込んでの記者会見後の数十分であった。

 特別に考えるほどの事はないと云われればそれはそうだが、門限がある家庭の事や、厳しい父親のことも考えたかった。
 個人的に抱く勝手な印象で、
 香椎さんは福岡出身と思ったが神奈川県出身で、
 オダギリジョーは熊本出身と思ったら岡山県出身であった。
 香椎さんの場合は性が福岡の地名であるから福岡出身と決め込み、
 オダギリさんの場合は熊本出身の知人に、
 似ていると言う理由だけで熊本出身と決め込んでいた。
 
 芸能界音痴といえばそれまでだが、
 それでも、
 オダギリさんの出演作品は、
 ドラマ映画も幾つも見ているが、
 香椎さんは始めてみる顔であった。

 20
歳の女優さんでは仕方がないが、
 これからの活躍が期待できる女優さんのようだ。


 その香椎さんの家庭に門限があった。
 香椎さんの父親は厳格なな人で、
 厳しいい家庭で育ったお嬢さんである。

 母子家庭に育ったオダギリジョーさんは、香椎さんの父親に自らの父親像を重ね、その家庭が理想だという。それは香椎さんの両親にとってはうれしいことで、自慢の娘の旦那としては申し分ない男と言うことになる。相手の父親が自らの理想の父親像になるのは、母子家庭の特殊性はあるにしても簡単に言えるものではない。


 オダギリジョーは特異な俳優、個性的な俳優である。
 オダギリジョーが気になったのは、
 北野武との競演「血の骨」であった。

 北野監督に刺激されたかどうかは知らないが、最近は映画監督へも挑戦とかのニュースも聞く。海外での仕事が多くなるから「安心させたい」と記者会見で言っていたが、ハリウッドヘ軸足を移すつもりだろう。監督から脚本も手がけるマルチな才能だと言う。記者会見では、香椎さんと誕生日が同じであり、もう一人同じ日の生まれは金正日だと笑わせた。


 金正日と同じ生まれのカップルの未来に栄光あれと祝福したいものだ。 

 
posted by mayoibsi at 11:11| 東京 ????| 愉快に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月26日

福田総理と原告団の会談

 「命のリスト」 と言われた薬害リストが、官僚の机が手狭になったからと、地下の倉庫に放り込まれてかえりみられる事はなかった。そのニュースに衝撃を受けた。机の主の高級官僚は構い無しで、リストの人々は苦しみ続け、中には死んだ人までいた。


 薬害肝炎を考える最大の証拠ともいうべき出来事が「命のリスト」だと、個人的には思っている。最近浮かび上がった出来事だが、全ての原点には「命のリスト」的体質があると思う。

 支持率の低下が内閣の命運を決める。
 民主政治の基本原理が命を持ったと、
 いえるかもしれない日本の政治だと、
 日本国民の一人として喜ばしいことだと思うのが、
 薬害肝炎問題への、
 福田首相の決断である。


 被害者全員の一律救済は原告団の終始一貫して主張してきたことであっても、実現の可能性は極めて低い確率であった。しかし、原告団は諦めなかった。原告団の味方は裁判所でもなく、世論だった。大阪高裁の和解勧告への国の回答も、これまでの経緯を考えると決して呑めないものではなかったが、原告団はその主張を曲げなかった。自分だちの救済分を削っても他の被害者全員の救済をと訴えた原告団は、国の誤魔化し的な対応の裏も読みきった。政府の甘い囁きにも耳を貸さず終始一貫の全員急さの訴えに国民は感動した。まだ発病してないが、何時発病するかもしれない被害者の救済を訴える。


 日本の裁判所の役目は何であるかの疑問がわくのが社会的問題の裁判であり、国を相手にした裁判である。行政の顔色を伺い、行政の尻拭いをし、行政の最後の砦となっているのが現在の日本の司法機関だといえば言いすぎだろうか。国の責任は認めないないのが日本の裁判所である。仙台地方裁判所は原告の訴えさえ認めない。国が責任を認めた今でも、裁判所だけが国の正当性と主張している格好である。そんな事を考えると、刑事裁判の冤罪事件も分かるような気もする。


 政治決断での解決への扉が開かれて光が差し込んだ事は歓迎するのが原告団と気持ちを一つにした国民である。福田総理は薬害C型肝炎集団訴訟の原告らと官邸で会い、「心からおわびを申し上げます。私自身も一日も早くこの問題を解決したいと思っていた」と謝罪した。



 原告団の向かいで頭を何度も下げる福田総理大臣の姿は、痛ましいほどの哀れさも感じるし、周辺の人々の心配をする好々爺の印象さえ受けた。日本国の最高権力者が何度も頭を下げての謝罪は、全員救済の約束を堅固なもの確信させる。そんな思いは原告団も国民も同じ感覚で捉えただろう。これまでの経緯を考えると、手放しでは喜べないのが原告団だが総理大臣の確約であるから信頼できる。

 どんな優秀な官僚でも、自分達の非は絶対認めない官僚でも、いかな行政の尻拭いしか出来ずに三権分立を否定するような裁判所でも、認めないわけにはいかないだろう。それが国民の意思であるし、国民はその国民の意思が国家の意思に変わることをじりじりして待っていたのだ。 


 「福田総理は登っている山の中腹から私たちを蹴落とした」と言っていた、原告団代表の山口美智子さんは、「やっと総理のもとにたどり着くことができた。全員一律救済といううれしい言葉を聞いて、全国から原告が集結している。私たちが期待する議員立法が成立し、薬害肝炎が全面解決したあかつきには原告みんなと会ってほしい」と福田総理に返答した。



 「薬害肝炎が問題が解決したあかつきにはみんなとあってほしい」は、いろんな意味で複雑でもある。議員立法を言う禁じ手の様な解決策であり、これからもまだまだ詰めなければならない問題は多い。福田総理の決断は蹴落とした原告団を救い上げた。これからまだまだ頂上への道は険しいのかもしれない。しかし、ようやく頂上への道の確かさが分かり、これからは頂上を見据えて、一人一人が根気よく歩む事が出来る。



 面談後に会見した全国原告団代表の山口美智子さんは「5年間、身を削り家族や生活を犠牲にして闘ってきたことが、ねぎらいの言葉で少しすっきりした」と初めて思える笑みを浮かべた。何度も見たのは鎮痛の表情であったが、福田総理と会見後には時折笑みを浮かべた。

 しかし、浮かれてはいなかった。そんな言い方は失礼だが、浮かれてはいなかったし手放しで喜ぶほど政府を信用していない。だから、「薬害を起こし被害を拡大させた責任が盛り込まれなければ、本当の議員立法にならない」と、詰めの甘さなど見せない。



 「日本で生まれなければ感染しなかったかもしれない」。
 九州原告の福田衣里子さんのことばであるが、この人の言葉は時には名刀のような切れ味があり、どんな言い訳も許さない厳しさもあった。そんな事をいうと不謹慎で怒られるかもしれないが、製薬会社の代表との会談での言葉には痛快な思いもした。

 「私たちが皆死んでくれたらと思っているのか」と、製薬会社代表に言ったときの福田さんは事は印象的だった。それからは彼女の言葉が楽しみであった。「国民の心が一つになって国を動かした」と言ったのは先日であったが、まさに国民の心が国を動かした。
そして、「私にとっての幸せは、350万人の肝炎患者が救われること」と福田衣里子は話した。



 全国の原告団がそれぞれの思いを胸に福田総理とあった。仲間の遺影と共に福田総理ととの会談の席に着いたのは、東京原告の浅倉美津子さんだった。

 
posted by mayoibsi at 12:06| 東京 ????| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月25日

福田首相「国家安全保障会議」いらぬ

  安倍政権の亡霊のような日本版「国家安全保障会議」(JNSC)の創設断念のニュースである。そういえば米国の国家安全保障会議(NSC)を真似てのが日本版「国家安全保障会議」(JNSC)創設が華々しく発表された事がその昔あったような気がする。

 安倍政権は9月まで続いていたわけだから、
 そんな昔ではないはずだが、
 感覚としては遥か昔に、
 そんな時代もあったという時間的感覚である。


 その日本版国家安全保障会議の創設を福田総理大臣は断念する。まだそんな話が存在していた事が不思議な気もするが、中心人物は安全保障補佐官の小池百合子元防衛大臣ではなかっただろうかと思ったりするが、果たしてどうだったか、昔のことでもないから思い出しそうだが思い出せないのは、感覚としての時間が記憶まで影響するのかと、関係なさそうなことまで考える。

 安倍政権遠くなった実感だ。
 安倍元総理大臣が鳴り物入りで掲げた構想の一つだが、
 福田総理大臣は構想自体を白紙にもどす。
 つまりなかったことにするのだ。

 「安全保障会議設置法改正案」は廃案になる。
 そんな法案が存在したことも、やはり不思議な気がするが、
 大統領になりたかった安倍元総理大臣の幻想の一つでもあるだろう。


 安倍内閣を引き継いだ、
 福田総理大臣の、
 独自色への変換のためでもある。

 戦争を続ける国アメリカの「国家安全保障会議」を真似ることは戦争も想定して強い国家観をもっていることになり、戦争を想定しての国家を夢見てはならない日本国民には甚だ危険な役所であり、アメリカのように世界に敵を作り自国の国益のために軍事力をひけらかす国づくりに進む危ない道の一つになる可能性があった。


 あの時代、
 去年の今頃である遠い感覚のあの時代、
 アメリカの真似をしようとした内閣総理大臣がいたのだ。
 憲法を改正の為の国民投票法も成立し、
 まさに進軍ラッパを鳴らすような勢いがあった。
 多くの国民は身震いする思いで、
 去年の今頃を思い出しているかもしれないと、
 オーバーに考え、
 平和にのうのうと暮らしているのが、
 一番と思うのである。

posted by mayoibsi at 17:48| 東京 ????| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月24日

保護者の前で女子部員に飲酒すすめる先生

 面白いニュースである。
 しかも8月にあった事件である。
 何故今頃事件が報じあられるかの疑問は、
 当然高校の隠蔽であり、
 日本の教育現場の特徴である。

 事件とはいえないが、事件には違いない出来事があったのは愛知県一宮市のこうこうである。ある高校のソフトクラブ部のお別れ会があった。監督や顧問と元監督が参加した3年生部員のお別れ会は保護者主催であった。そのお別れ会の席で「親が許可したら酒を飲んでもいい」と監督か元監督か顧問のどちらかが部員に飲酒を勧めたという。部員5人がこれに応じてビールや酎ハイを飲んだ。飲酒量は多い部員でコップ1杯ほどだったというが、飲酒量の問題でもなく、保護者同伴での飲酒に問題があるし、教師のすすめに問題があると思うが、その高校はそういう高校か、それとも日本社会が変わって生きたのか、同じような事件は他にもあった。


 他の高校は合宿での監督と部員の飲酒であり、
 いわば監督と高校生部員の飲みながらの交流と言う事である。

 学校側は合宿にアルコール類の持参が問題だと言っているが、
 当事者の教諭には寒い冬の合宿に、
 アルコールは当然だと思っているのではと疑いたくなる行為だ。


 高校の教師である。
 規律を重んじるスポーツクラブの監督である。
 そういう認識も或いは間違っているかもしれない。
 ルールを重んじるのがスポーツであるなら、
 その先生たちにスポーツを云々する資格もなさそうだ。


 そんな男たちを先生と呼ぶ高校生は哀れであるが、高校生は十分な判断力もあるから別に問題もないかも知れない。しかし、保護者出席での飲酒は保護者を見くびった行動であり、黙ったいた保護者は哀れであり、凄い先生たちがいたことにもなる。保護者はある意味で人質を取られた様に黙るしかなかったのではと思ったりもする。何度でも言うが保護者は哀れである。

 
 そのニュースをテレビを見ていた老人は、
 そんな先生に教えられても犯罪を起こさない、
 子供たちは偉いといっていたが、
 子供たちである高校生は確かに偉いだろう。


 女子ソフトボール部の監督とか顧問とか元監督は、
 一応は教育者である。

 彼らは、たいした咎めもなしに、
 再び教壇にも立つのだろう。
 もしソフトボール部が活躍すれば、
 カリスマとして君臨し、
 素晴らしい教育者として君臨するわけで、
 高校生たちの受難は続くと言うことで、
 何とも言い難い。


 保護者がいなければ、或いはどこか人目のつかない場所での隠れた行為であったら、許されるかもしれないが、保護者主催のお別れ会は一般の飲食店であったのなら、問題は別のほうに向かいそうだ。姑息過ぎる反社会的高校教師という事になりそうだ

posted by mayoibsi at 15:00| 東京 ????| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

がんと戦った山本孝志議員死去

 参議院本会議でがんの告白をし、
 その後も議員活動を続けていた、
 民主党の山本孝史議員が亡くなった。

 山本議員のがん告白の後の政治活動はがんとの死闘であった。身をていしてのがんの進行状況は見る側には臨場感ある訴えであり、がんの恐ろしさを訴える最大の標本であった。


 山本議員は
2年前に余命半年の宣告を受けた。
 がんとの戦いの始まりであった。
 参議院本会議でがんの告白をしたのは去年の
5月であった。
 余命は年間
30万人以上になったがんによる死亡者と、3万人以上の自殺者の一人でも多い救済のために捧げられた。命を賭けた戦いは多くの国会議員を動かし、「がん対策基本法」と、「自殺対策基本法」を成立させた。


 まさに命を賭した命の戦いであったと実感できるのは、日々変わるその肉体に色濃くなる死の影であった。その影はがんの恐怖であった。そしてその姿はまさに山本さんの心の叫びであった。そのそ姿が叫びであった。命を賭した戦いの凄さと美しさをさえ見せるその姿には、漲る生命力が垣間見え、命の不思議さも感じさせた。がんと戦い、がんに侵されての死であっても、がんに打ち勝ったような、生き様であった。

 まさに壮絶な人生であり称えられるべき生涯であった。


 「日本のがん医療の水準向上のために、
  自分の与えられた命を捧げる」と、

 参議院選挙当選時の言葉通りに、
 がん医療のために捧げられた命であった。


 ご冥福を祈ります。

posted by mayoibsi at 11:32| 東京 ????| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神世界と遠隔ヒーリング

「神世界」は宗教団体ではなく有限会社だと言う。
 神奈川県警の元警備課長が関わったとされる霊感商法の「神世界」である。


 44
歳の美しい女性が姿を現した。

詐欺容疑の強制捜査に異を唱えるかのように、
 「騙そうという気持ちでやっているのではない」と苦言を呈した。


 その美しさは神秘性さえ漂わせ、
 神奈川県警の元幹部の心を、
 惑わさせるのも納得できる。

 美しさは罪であると言いたいような、
 
42歳とは思えない個性的な顔立ちである。


 惑わされたであろう一例であるが、神奈川県警元警備課長吉田警視は数年前、「名前を変えた」と話していた。神世界側は姓名鑑定や改名の勧めなどをしており、吉田警視がその活動に傾倒していたようだ。

 

「騙されたと思われたとすれば、私の力不足であり、不徳のいたすところ」とまさに自信の発言である。 そして、合意書と書かれた紙を示し「合意、納得した上で行った」と強調した。

  

彼女が運営する「びびっととうきょう青山サロンでは、遠く離れていても効果があると称した「遠隔ヒーリング」を行っていた。ある男性はサロン側から「今、遠隔ヒーリングをしたので、お金を振り込んで」と、携帯電話にメールが来たという。男性は週に2、3回受けたことになっていて、吉田警視からも「遠隔ヒーリングしました」とのメールが届いていたという。


 「遠隔ヒーリング」とは実に見事な発想である。


 何にも要らない言葉だけの請求であり、振り込め詐欺よりも鮮やかであり簡潔明瞭である。目に見えないから始末におえないが、目に見えないからサロン側には都合のいいことで、県警の課長さんが証言しては、「遠隔ヒーリング」代を請求された人は、支払いをするほかないと思った。

 「神世界」
 「遠隔ヒーリング」
 「びびっととうきょう・青山サロン」
 「美貌の代表」
 「県警警備課長」
 
 謎多き世界である。
 

posted by mayoibsi at 11:08| 東京 ????| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月23日

大連立構想は誰が仕掛けた

 年末になり、テレビ芸能人総出の特別番組がつづくが、特筆すべきは政治家のタレント化であり、政治のバラエテーかである。又、当代の論客総出の政治番組も多いようだ。論客の一人ともいえるテリー伊藤さんが大連立騒動の真相に迫る番組だと言う。

 自民党と民主党の大連立騒動の真相に迫る日本テレビの番組で、テリー伊藤さんが中心人物読売新聞社の渡辺会長に迫っている。

 小沢民主党辞任表明幕あり、
 表明撤回幕ありで面白くもあり面白くもない、
 与党自民党と最大野党民主党の大連立騒動は、
 読売新聞の渡辺恒夫会長の仲介による、
 大活劇が真相が通説だった。


 渡辺会長の仲介なら誰でも信じるし、
 小沢被害者説が一般的であり、
 一時は渡辺批判も噴出した。

 渡辺会長は沈黙していた。

 
 日本テレビでテリー伊藤さんのインタビューに答える形での発言は、渡辺陰謀説を翻し、小沢首謀説への真相の逆転だ。秘密会談の真相が逆転しても珍しくもないが、どっちにしても国を憂う国士的体面は守られているから面白い。


 当然小沢さんも反論しているが歯切れは悪い。
 現実の活躍する大新聞のトップと、与野党のトップ会談が謎とは、如何にも秘密主義のベールを被せ、
国民の目を遮る隠蔽主義政治である。今となっては、真相などどうでも良くなってきたのが国民世論である。自民党も民主党もそして渡辺さんも、政権政党的思考での保守的であり、参議院選挙での国民の声を無視しての、一党支配的な体制を目論む大連立騒動だったと言うわけである。


 渡辺さんは、
 「小沢さんは福田さんが持ちかけて渡辺が仲介した。
  おれは受け身だと言っているが逆だ」と述べた。


 又、

 「ニュースソースに対する信頼を失ったら、将来、そのソースは切れる。まだ政治は動いている。今、全部暴露しろと言っても無理だ。僕は新聞記者の倫理を守るために、言っちゃいけないことは言わない。僕自身の倫理観と道徳感がある」とジャーナリストの鏡的な発言だ。


 更にテリー伊藤さんの質問は続き、

 答える渡辺さんは、

 「福田さんが持ちかけて、ナベツネが仲介したというのは、事実に反する。むしろ、小沢さんの方が危機感を持って、次の衆院選は厳しい。次の選挙でも民主党は衆院で少数党で、参院は多数党だ。捩れはなくならない。国はおかしくなると言う認識で、捩れ解消の為の行動を起こそうとした」と、答えている。


 衆院解散についてのテリーさんの質問には、
 
 「解散したら、ねじれは決定的になり、
  完全に国会は麻痺する。連立構想は再浮上する」と続いた。

 

 渡辺さんの発言があっても、やっぱり、真相は藪の中である。
 そんな思いが一般国民である。
 藪の中とつついても、でてくるのは蛇だけで、
 国民は藪など見たくはないと思っている。


 国のために大連立は真面目に必要が渡辺さんだ。新聞記者を強調する渡辺さんの仲介であろうとなかろうと、国民がノーと言ったことを与党自民党総裁と最大野党民主党党首が目論む構図は、恐怖政治の再来さえ予感させるが、そんな事は勿論不可能だし、国民はそれほど馬鹿でもないといいたい田舎の浪人である。


 江川と小林が和解し、
 その場面がコマーシャルになっている。
 全てが語られるコマーシャルのような気がする。
 

 
posted by mayoibsi at 09:10| 東京 ?J| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月21日

霊感商法は警察幹部警視だった。

 
 霊感商法の幹部は神奈川県警の幹部だった。
 泥棒を捕まえてみれば息子なりで言った感じの事件が、
 警察幹部警視の霊感商法加担事件である。

 神奈川県警の警備課長の警視が霊感商法の幹部になって、部下の警察官を霊感商法に誘って手広くやっていた。手広くの表現は適切さを欠くかもしれないが、如何にも手広くやっていたような感想である。

 
 警察官の勤務中かどうかは別にして、霊感商法の勧誘などは前代未聞だと思うが、警備課長で警視となると、一般の警察官とは違う衝撃が警察を揺るがすだろう。不祥事続きの警察としてはどんな対応も空しくなるが、警視が霊感商法とは警察首脳は青天の霹靂に違いない。


 東京駅の交番で勤務中の警察官が、
 自殺したのはつい先日である。
 しかも、交番内での銃による自殺は、
 一般市民にも大きな衝撃であった。

 続けざまの警察の奇想天外な不祥事である。


 霊感商法は人間の精神的弱さを利用する卑劣な商法である。
 後を絶たないマルチ商法の鏡的な霊感商法は、
 人の弱みにつけ込み、
 脅し、騙し、揺さぶり、
 無を売ると言うか、
 空気を売ると言うか、
 無いものを有る様にして売る商売である。


 単純な泥棒よりも遥かに罪の重い。
 精神的な負担を強いるだけでなく、
 その継続的な負担さえ強いる商法である。


 その悪質な商法に加担したのが警備課長の警視であった。
 神奈川県警警備課長は「霊感商法」の舞台となった東京都内のマンションの名義人になっていたばかりか、霊感商法に部下を誘っていたのだから、開いた口が塞がらない。警察官である部下にも脅迫的欺瞞的商品販売に参加しろと誘ったわけである。

 国民税金を使っての霊感商法であり、
 空恐ろしくなるニュースである。


 県警は詐欺容疑で、警備課長の警視が保証人となった霊感商法の活動拠点の一つであるマンションなど、団体の主要施設十数カ所の家宅捜索する予定だと言う。

 面白いはの県警は警備課長である警視を警備部付に異動させたというニュースだ。
 即刻懲戒免職かと思いきや、移動である。
 まだ犯罪が立証されないから、懲戒免職などは無いのだろうか、、、、。


 霊感商法の「神世界」は全国数十か所で、「ヒーリング(癒やし)」などをうたい文句にサロンなどを開設しているらしい。除霊名目の行為や、お守り、仏像画などを10万〜50万円で販売し、一人当たり数百万〜数千万円を支払わされる被害が幾つもあるらしい。全国の消費生活センターや弁護士グループなどに相談が寄せられているという。


 その犯罪グループの根っこの部分に、
 警察幹部がいては、
 警察の面目を立たない。
 そんな警察幹部のかかわる、
 霊感商法事件だ。


 

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2007年12月20日

トルシエ沖縄に

 サッカー元日本代表監督であったフィリップ・トルシエが日本に帰ってきた。
 それだけでは驚かないが、沖縄のチームの総監督のニュースには驚くし、
 そのチームがJリーグではない弱小チームであり、
 現在の状況ではチームの最低人数である、
 イレブンさえいないチームの総監督である。

 その前に沖縄にサッカーのクラブ・チームがある事が驚きである。
 日本代表であった我那覇は沖縄出身であるが、
 他には沖縄出身選手の名前も聞かない。
 勿論、個人的に知らないだけで、
 他にも良い選手がいるかもし、
 出身選手と沖縄のクラブ・チームとは関係もない。


 それにしても、どうしてトルシエが沖縄の弱小チームにの思いがある。
 ワールドカップに出場する一流監督が、
 無名チームの総監督である。


 那覇市内で会見し、
 「FC琉球を完全なプロにし、成功に導きたい」と言い、
 「チバリヨー」の沖縄式の掛け声で締めくくった。

 
 トルシエの名前で選手も集まるだろう。
 Jリーグ昇格が第一の目標ということになるのだろうか。 


 それにしても、
 沖縄の無名どころか、
 チームの体をさえないクラブ・チームを、
 引き受けるトルシエの本心はの、
 疑問は当然沸くが、
 それよりも先に、
 FC琉球がどんなクラブか知りたい。

 
 現在のところ謎めいた思いで南の空を見るわけで、
 来年のシーズンの始まりを待つ意外になさそうだ。 

posted by mayoibsi at 13:46| 東京 ????| 愉快に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月19日

排出権をハンガリーから購入

地球温暖化問題である。
 小さな地球温暖化問題である。
 暖房を切り風邪気味ななって見るのは、
 京都議定書の目標達成不可能な日本が、
 ハンガリーから排出権購入のニュースだ。

 排出権取引には違和感がある。先進国の高慢さも見え隠れするが、温暖化対策に熱心な国が排出権を売るのは当然のような気もするが、先進国の取り組みが不足では、地球全体から考えると、それど程の意味も無いような気がする。京都議定書は日本が纏めた温暖化対策の目標である。京都議定書の目標を達成するために、日本はハンガリーから排出権を買い取ることで合意したと言う。日本が海外から排出権を買うのは初めてだと言うが、京都議定書の中心国である日本が目標達成できないのは何とも情けないが、排出権を売る国にしても一つの産業となったら良いような気もする。

 


 排出権の売買がある意味では不都合な真実のような気もする地球温暖化問題の複雑さで、先進国のエゴ丸出しのアメリカと、急成長する発展国の代表中国の抵抗も地球温暖化へは大きなマイナスとなっている。米中の二大国が参加国際取り決めにはとの効力も無いのは当然でも、京都議定書であり、アメリカの元副大統領ゴア氏の活躍やそのノーベル賞受賞が大きな力となって京都議定書の意義を高めた。日本は目標達成など不可能だが、外国から排出権を買って面目を保つのだろう。

 
 18日にはハンガリーのブダペストで調印式があった。駐ハンガリー日本大使とハンガリーの環境・水利大臣が出席、政府間で取引を行うとする「覚書」に署名した。


 日本は2012年度までの間に温室効果ガスの年間排出量を1990年の水準から6%減らすことが義務付けられているが、目標達成は不可能とのはんだんで初の排出権の購入となった。



 日本政府は、排出枠にまだ余裕がある東ヨーロッパのチェコやポーランドなどからも購入を検討しているというが、その国々とっても都合にいいことには違いない。不都合の真実ならなう都合の良い真実で販売権を売ってその利益がその国の国家的な施策に使われるのであるから好都合である。と、そこまではいいが、日本の目標達成は不可能という事実が不都合な真実である。


 海外からの排出権購入は、
 経済大国、金持ち国家の、
 「お金」で帳尻安易さと批判は当然で、
 日本は二酸化炭素削減努力が、
 足りないと言うわけである。


 日本だけでなく中国、アメリカの削減努力が無ければ地球温暖化は止まる事は無いと、一本的な能書きを言っても始まらないが、各国の削減目標を更に厳しくして、排出権が大きな産業へとなれば良いかと思ったりもする。


 気候の変動で、
 夏は40℃を越える暑さを日本の何箇所でも記録し、
 遅い秋に紅葉はあまりにも遅く、
 かと思うと早い大雪で、
 気候の記録更新の連続であり、
 地球温暖化も実感できるのがこのごろであり、
 更に進むとどうなるかと、
 何十年先の地球を心配するのは、
 いかにも地球人らしいくなったと、
 自分を誉めたい気分でもある。

 地球温暖化防止のための小さな活動として、
 暖房を切って風邪気味では、な人ともならないが、
 着膨れの体に鞭打ち、
 暖房は我慢している。

       
posted by mayoibsi at 15:37| 東京 ????| 愉快に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月18日

散弾銃乱射事件とワイドショー      

  長崎県佐世保市の現在の猟奇事件は多くの謎に包まれている。何処にでもある猟奇的要素と散弾銃所持謎を深め社会的な疑問を噴出させマスコミの叫びとなる。 朝からかテレビはその事件に大きな時間を割くのは当然でも、謎の事件猟奇的な事件の起きるたびにマスコミの事件への対応は問題になるが、朝からの報道番組的ワイドショーは、様々な問題を提起し、一方的な見解も披露し、時にはいき過ぎでは思う情熱的正義感を披露したり高慢な声も聞こえるが、多くの場合は国民に媚を売るに過ぎないと、々ワイドショー的報道番組のコメンターが嘆くのは、違和感も感じるが、どっちもこっちも正義だと主張している。 

 極端に言えばテレビ画面の神様たちであり、横並びのコメンターや半分以上はお飾りであり、見ている方が疲れるコメントなどは訊きたくもないが、社会的が衝撃波が大きな事件に限ってなんかと主張したがるもの人情だろうか。
 散々銃を所持することへの疑問は当然浮かび上がり、多くの人が銃刀法所持の許可の問題に触れる。一律に強化しろである。しかし、強化したから犯罪がなくなるわけではない。銃所持のため審査の強化を求めるのが常識人の見解であり、許可をする役所への怒りの露な表現はテレビ的である、そんな単純な問題ではない。銃を持ってなければ事件は起きなかったような発言が主であり、口角砲を飛ばすリポーターの情熱的正義感だけが際立っている感じだ。

 犯人は狂気であり、時代の狂気である。若くてきれいな水泳インストラクターに惚れる。37歳の男が惚れた女性への対応は、常識的になるのが普通だ。衰えぬ情熱などないとは言わないが、情熱の発露が大人というわけであり、世間を憚らない若いひたむきな情熱は存在しない。もし存在したら狂気でしかない。
狂気に対応できる社会的制度はない。身近で愛すべき人間への憎悪は狂った愛の表現でもあった。同級生を呼び出しての全員抹殺計画だった。身近なものを全て抹殺する事は、或いは自らは生き延びることも考えていたのかもしれない。愛すべき身近の人々は犯人にとっては自分の愛や友情を受け入れなかった人間でもあったのだろう。勿論大きな錯覚に捉われてのことであり、それが狂気である。一方通行的な感情の、双方向性を望んでいたが果たせなかった独りよがりの狂気の犯行であり、銃所持などは別の問題であり二次的な問題である。銃がなければ別の方法も考えるのだろう。  確かに猟もしない人間への猟銃の許可などの問題もあるが人間の趣味を詮索するにも限界があるし、都会に住んでいても猟が趣味の人もいるわけだが、2000発の散弾所持などは理解し難い出来事ではある。藤本さんは至近距離で前後から撃たれ、体内から多量の散弾が見つかり、そばには複数のスラッグ弾の薬きょうがあったという。そんな撃ち方の狂気以外には考えられない。犯人の心に棲むのは悪魔であり、一般の常識では考える事は出来ない。この世のいかなる言葉でも表現できない。一方的な愛が憎悪に変わっても、背後から撃ち殺すなどは出来ない。いささか感情的になるのは押さえきれない怒りのせいだ。銃刀法の規制の強化は当然行われるだろう。

 しかし、特殊な人間の特殊な狂気は、未然防げたような気もする。突拍子もない行動は、幾つもの呼び水的な行動があった。母親も周囲も危険は予感していた。警察へも進言した。友達もおかしいと思った。
「迷彩服に散弾銃」が、狂気を表現する。田舎での同級生の連帯感は強い。その強烈な友情に死で報いる狂気は、十二歳も年下のインストラクターへの狂気の愛と重なり合った。結論のでるわけもない事件であるが、一つの要素などにこだわって真実を見逃しそうな気もするが、狂気真実などあるのだろうか。 
posted by mayoibsi at 18:06| 東京 ????| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月16日

橋下弁護士の懲戒請求と知事選出馬

 大阪府知事選への立候補を表明した橋下徹弁護士が、99年に山口県光市で起きた母子殺害事件の被告弁護団の懲戒請求をテレビ番組で呼びかけたことに対して、全国各地の市民グループ約350人が17日、橋下氏の懲戒処分を所属先の大阪弁護士会に請求すると言う。「刑事弁護の正当性をおとしめたことは、弁護士の品位を失うべき非行だ」が、懲戒処分請求の主旨である。橋下弁護士のテレビ発言に対しては、被告弁護団のメンバーが1人300万円の損害賠償訴訟も広島地裁に起こしている。

 懲戒請求するのはグループと言っても一つの活動グループに所属する人たちではない、京阪神を中心とした11都府県の会社員や主婦、大学教授らの懲戒請求主旨に賛同した350人余りの市民らしい。

 刑事裁判で無罪が確定した冤罪被害者もいるらしい。


 橋下弁護士はテレビ番組「たかじんのそこまで言って委員会」で、広島高裁の差し戻し控訴審で殺人などの罪に問われている元少年(26)の弁護団の主張が一、二審から変遷し、殺意や強姦目的を否認したことを批判した。そのときは橋下発言に賛同した。まさにその通りで、狭しと詰めている弁護団に怒りを感じたものである。そして、「許せないって思うんだったら、弁護士会に懲戒請求をかけてもらいたい」などの発言に、なるほどそんな手があったかと感嘆した。


 それが正しいかどうかは判断できないが、光市の母子殺害事件の差し戻し審の弁護団に対しては違和感があり怒りも感じている。父親であり夫である被害者遺族の本村さんの心情をおもんかばってのことでもあるが、あの法廷の光景はやはり異常であり異様である。


 17日に提出される懲戒請求書によると、元少年の主張を弁護団が擁護することは「刑事弁護人として当然の行為」と言っても、そんなことにも限界があるように思うのが素人である。素人であるから弁護団は許せない思いがある。だから、橋下弁護士への懲戒請求にも賛同は出来ないが、大阪府知事選への出馬否定と何日かあとの出馬表明とかで少々信頼感は失っている。だからと言って懲戒請求とは関係ないが、なぜかそれも理解できるような気もしてきた。もちろん光市の母子殺害事件の差し戻し審の法廷での弁護団は認めないが、橋下弁護士の言動と相俟って幾つも迷いが生じているのも事実である。

 野次馬の思いなど何の力もないし何の関係はないが、第三者的な野次馬でなければ見えない真実もあると主張したいのである。 

 弁護士への懲戒請求は、弁護士法で「何人もできる」と定められているといっても、そんな事が現実に起きる事はないだろう。個人的な弁護活動だと、そんな事が起きる前に弁護士としての信頼を失っているだろう。

 橋下弁護士の大阪知事選出馬とテレに番組の権威とか、司会者の社会的影響力の大きさを考えさせられる。橋下弁護士は、ご存知島田紳介の「行列の出来る法律相談所」のレギュラー出演の弁護士であった。どう番組から丸山弁護士が参議院に出馬当選した。丸山弁護士は東京都知事選挙への出馬も取りざたされたが、結局参議院選への出馬となったが、自民党でも民主党でもどっちでも良かった発言などは丸山弁護士的とも言われるほどの個性派である。
 
 娯楽番組の影響力に驚く。

 もう一つ橋下弁護士は、
 「たかじんのそこまで言って委員会」の、
 出演が知事選出馬に関係しているようだが、
 それは大きなマイナスになった。
 そんな気がする。

 光居の母子殺害事件の差し戻し審弁護団への懲戒請求発言とは別に、大阪知事選出場拒否発言は単にアナウンサーなどの質問ではなかった。そこに大きい無い身がありそうだ。やしきたかじんの番組で否定して、やしきたかじんが後押ししたから出馬などは、果たしてどうか。

 知事選挙は大阪府民ための選挙である。
 芸能人のお遊びではないと大阪の人たちは怒っていいはずだ。

 横山ノックさんには情熱があった。
 橋下弁護士にあるのは情熱ではなく、
 別のもののような気がする。
  
posted by mayoibsi at 13:08| 東京 ????| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月14日

総理はうそつき

 「首相が公約を覚えていない政権なんてあり得るのか。」
 民主党議員の怒りの発言である。
 「総理国民に嘘をつきました」
 社民党党首の発言である。

 いや、国会での質問である。

 「首相が公約を覚えていない政権」は、
 ある評論家はない事もないといい、
 ある評論家はありえますという。

 どっちも揶揄的なニューアンスを含んだ発言であるが、要するに公約にしたのは安倍内閣であり福田内閣でないということであり、又福田内閣は国民の信任を受けてないから公約はまだしなかったと言うのだが、内閣の公約ではなく自民党の公約であるから、そんな揶揄的評論も当てはまらないような気がする。

 政府与党と自民党が同じではないと言いながら、国会での自民党と政府自民党の区別つかない、要するに三権分立の明確な境界線を国家議員が知らないからと呆れ顔の評論家先生もいるが、要するに国民との公約などそれほど重要とは思っていなかったのだろう。

 福田首相の「公約をそれほどのものではない発言は、
 驚きの発言には違いないが、
 他の法案への情熱など、
 可笑しくなるような発言でもある。

 インド洋の給油活動へ継続の為の特措法成立への情熱も、
 その法律の為に何か起こった時でも、
 それほどのことでもないと、
 片付けられそうだ。

 それにしても、「そんな政権があるのか」と言われても、ただ居直るか謝罪するかしかない内閣もありえないような気もする。

 福田内閣のメール・マガジンでの謝罪と同時になされた確認作業は、何年も前から判っていることを今頃確認しての謝罪だったと、テレビの報道番組も冷ややかな評価だった。今頃そんな事を確認してどうすとアナウンサーも呆れ顔だった。

 テレにでのコメンターの皆さんも福田発言に業を煮やした感じである。日本は政治的貧困が続き、自民党の一党支配の弊害を当然の如く感じるが、政権交代の受け皿もなく、結局は自民党の言いなりである。自民は自浄能力もなくなり、汚濁まみれの政治が続くと言うコメンターの言葉は一々尤もである。

 自民党も社会保険庁の年金問題で幾つも内閣を潰す事になるのか。
 民主党も勢いがあってもよさそうだが、
 自民党の失点を掬い上げることも出来ないのでは、
 政権担当能力云々も語れそうもない。
 となると、国民は頼る政党もない藪の中である。

 経済一流で政治三流と言われて久しいが、現在の政治は三流どころか五流ぐらいである。安倍政権誕生は日本の政治を何十年も逆戻りさせたようだ。国民を巻き込んでの大政治劇であった小泉政権は、良くも悪くも国民と共にあったような錯覚を覚えさせた。良いか悪いかの判断よりも、自分たちも政治に参加していると錯覚して国民は小泉内閣を認めた。

 しかし、次の安倍内閣は国民を弾き飛ばしての自己満足で権力の罠に陥穽し錯覚に陥った。強行採決の連続での実績など逆効果だとの判断さえ出来なかった。

 福田内閣はお惚け内閣である。柔和そうな顔で毒々しい言葉も吐かれては国民はいささか戸惑うが、時には明確な意思表示もあり、強かさも伺える総理大臣である。今度の公約軽視の発言で支持率も一気に下降していくだろう。年明けのテロ対策特措法の成立も人気浮揚へは結びつかないだろう。むしろ、逆効果になりそうだ。

 福田総理は年金問題では公約軽視の発言をして国民の顰蹙を買っても、薬害問題や被爆者問題残留孤児問題での政治判断での挽回の機会も十分ある。人気支持率もジリ貧すると言ったが、まだ挽回できる可能性はあると、応援するわけではないが、それらの問題を完全に解決すれば、年金問題での失態を補って余りあるものになり、長期政権の可能性もあるだろうと期待したい。

 公約軽視発言で、
 こんな内閣があるかといわれ、
 嘘つきといわれ、
 死態になりつつある、
 福田内閣の正念場である。
posted by mayoibsi at 16:40| 東京 ????| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今年は「偽」だ。

 今年を表す言葉は偽であった。

 食品偽装問題がすぐに浮かぶ。

 その代表が三重県伊勢市の老舗の和菓子メーカー赤福の偽装であり、その余波といえば語弊もあるが三重県は多くの表示偽装が発覚しいまだに続いている。


 北海道ミート・ホープを皮切りに北海道の代表的なお土産「白い恋人」があり日本列島を縦断して船場吉兆はいまだに渦中だ。

 

中国食品のチャイナ・ショックも由々しき問題であったし今も未来も続く。

 

もう一つは去年から続く「耐震偽装」「捏造」であり、一般のビルなどの建造物から高速道路や橋までいたった。

 

 政治と金の問題は止まることを知らず、

「事務所費」から「ナントカ還元水」、

そして恐れ知らずの「産む機械」発言

 

神をも恐れぬ原爆投下「しょうがない」

天文学的数字続出の「消えた年金

策なき策といわれる「ふるさと納税」

職を賭して崩壊した「お友達内閣」

  

無理に名づけられた「背水の陣内閣」

 ご存知東国原知事の「どげんかせんといかん」

 

であるまき直し先付けといった隠語も有名になった。さらに中国産食品の品質も大きな問題に。「チャイナショック」「チャイナフリー」などの言葉も登場している。

 

横綱朝青龍の騒動。

 時津風部屋の若い力士死亡「かわいがり」

亀田騒動は「サミング」

 

「ネットカフェ難民」

ワーキングプア」

 

注目されるのは、注目されべきは「ルー語」である。

「カワユス/ギザカワユス」等の「しょこたん語」は意味不明で何ともいえない。


 最後が「そんなの関係ね」だ。
 どこからどう出てきたかは知らないが、
 裸の男が、
 一日中テレビ画面で喚いている感じだ。
   
posted by mayoibsi at 10:19| 東京 ????| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月13日