「太平洋戦争の混乱期に父親と別れたことで戸籍が見つからず、身元がはっきりしなかったフィリピン残留日本人2人に、初めて日本国籍が認められました。
日本国籍が認められたのは、フィリピン・ルソン島に住む坂本ファニタさん(80)と吉川メレシアさん(89)の2人です。
2人の父親は戦前にフィリピンに移住した日本人ですが、病気で死亡したり、終戦時に強制収容所に行った後、行方が分からなくなったりしたことから、父親の戸籍が見つかりませんでした。
このため2人は今まで無国籍で、2年前、東京家庭裁判所に国籍取得を求めていました。
父親の戸籍が見つからず、身元が判明できないフィリピン残留の人に日本国籍が認められたのは初めてです。(08日20:42)TBS
戦争は終わってないと書き続けている。
またまた戦争は終わってないと思えるはニュースである。
戦争関係のニュースで明るいにユースは少ないが、
長い苦しい日々の果てに、
ようやく掴んだささやかな幸せは、
せめてもの救いである。
日本の政府には証拠がないと受け入れられないかった、
戦争の落し物的なことだが、
証拠資料がアメリカにあった。
戦争末期の日本軍関係の証拠品は焼け払われたのが多いだろう。
証拠、証拠で戦後処理をしようとしてもできるわけはない。
「証拠は記憶を補う一要素である」と、
言った言葉も聞いたが、まさにその通りで、明確の記憶に勝る証拠はないだろう。日本の国策の犠牲者であるにも関わらず60年以上も顧みられる事なかった健気な人々である。日本人であることを認めることさえもしなかった日本の国は、まだ多くの被害者をアジアの国々にいることを忘れないで欲しいものだ。
証拠主義一辺倒ではなく、記憶の正確さや周囲の証人等を認める、優柔の聞く判断が出来なければ、戦争の犠牲者である人々は救えないだろう。国の犠牲になりながら、国は如何にも迷惑と言った感じで証拠を出せである。
戦争関係のことでは、
万事においてそうである。
軍の関与した証拠がないとか、日本人の妻であった証拠がないとか日本人の子供である証拠だ。
終戦の混乱期の状況は十分認識できる筈である。
それにしても、旧日本軍の勢力の凄さは、アジア全域を支配下においていたことである。それらの国々では、日本に対する思いは、朝鮮半島や中国とは違う。アジアの国々でも多くの場合日本軍はヨーロッパの列強の支配から開放するためにともに戦う友軍であった。それはある意味ではフィリピンでも同様であった。
「スペインは悪かったが、後から来た日本はなお悪かった。その後に来たアメリカは更に悪かった」
そんな言葉があるほどに、フィリピンは支配者が変わった。スペインのフェリペ二世が国名の由来である。
世界有数のカトリック国であり、
人間が最大の国の財産であるフィリッピンは、日本への親近感は強い。現在でも日本人は言葉など知らないでも暮らせる。日本人との関りのあるもの、日本文化も多く残されている。まだまだフィリピンには戦争の終わってないと思えることが多くあるはずだ。ジャングルの中には旧日本兵の生存の噂も周期的に出るほど、60数年前に終わった戦争は遠くはないのである。

