2007年10月19日

水泳の木原光知子さんが亡くなった。

 東京オリンピックで活躍した木原光知子さんが亡くなった。
 突然死としか思えない。
 東京オリンピックは16歳の最年少の代表であり、当時の日本人選手としては珍しく外国人と並んでも見劣りしない大柄な選手であった。
 引退後はタレントとしても活躍し、数多くの映画出演やテレビドラマの出演も多かった。特にクイズ番組での木原さんは博識ぶりも発揮したようである。

 何といっても
スポーツタレントの草分け的存在で、
 アスリートのテレビレギュラー出演の第一号かもしれないし、
 スポーツ選手アイドルの第一号かもしれない。
 テレビのレポーターとしても活躍した。
  

  ミミの愛称で親しまれ、団塊世代のアイドル的なタレントであり、また実業家としても活躍していた。実業家としての本当の手腕はこれからだという年齢での死は、残念である。

 日本の女子水泳界の華であった。
 ある意味では、
 長いこと女子水泳界を一人で支えてきたような、
 木原さんは一線を退いても水泳に関り続けてきた。
 爽やかなイメージは最近まで消える事は無かった。

 木原光知子オフィシャル・サイトには北京オリンピックに向けてのアスリートの心が前などの精神的アドバイスが語られていた。

北京オリンピック開催まで1年を切り、スポーツ界ではカウントダウンが始まりましたこの最高峰のスポーツの祭典でプレーするために世界中のトップアスリートがいま、しのぎを削っています。・・・・・」

  木原さん会社 ケイ・アンド・エム・インターナショナル
    事業理念


水を愛し、水に学び、水に生かされ

水の力で人々の健康幸福(しあわせ)を創造する
水に感謝


   ご冥福を祈ります。

posted by mayoibsi at 03:54| 東京 ????| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月18日

主役はエリカ、沢尻ではなくジュデイー・フォスターだ。

ブログに映画に関連する記事を投稿するとオリジナルグッズプレゼント詳しくはコチラ



羊たちの沈黙」のジュデー・フォスターは新鮮な魅力にあふれていた。

アンソニー・ホプキンスのドクターレクターは神がかり的であったが、
そのレクター博士を向こうに回しての、FBI訓練生ジョデイー・フォスターの、
新鮮なイメージはいつまでも消えないほどだったが、
ジュデイー・フォスターの新たな魅力に目を見張る思いである。

最愛の夫を殺されたつま気持ちは、理解できるようで理解できない。
私たちの前には、同じテーマがいくつも落ちているが、
ジュデイーが演じると特別のものになり、
特別のドラマとなり、
特別の映画になる。

囚人達の中を恐れおののきながら必死に堪えて歩いていたジュデー・フォスターも素晴らしかったが、愛する夫を殺され普及の日を内に秘めて拳銃を握るジュデイー・フォスターも素晴らしい。

死刑の是非が問われる日本社会、
拳銃情報に保証金が出るほどに銃が氾濫す日本社会、
そして極端な銃社会であり、銃規制が問われ続けるアメリカの問題、
愛する者の復讐の為に銃を握る主人公の、
愛する者の復讐の為引き金を引くジュデイー・フォスター。
スクリーンのジュデーと心は一つになり、
心の中で愛する人のために引き金を引き、
隣の恋人の顔を盗み見る。

・・・・・・」   

銃は「人間の心を悪魔にも変える」とジュデイー・フォスターはいう。 
奇しくも銃刀法の改正で銃への罰則が強化される日本に、
多くの問題を突きつけそうだ。
posted by mayoibsi at 12:56| 東京 ????| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小泉内閣のタウン・ミーテイング

小泉内閣が国民との対話の場として設けたタウンミーティングで、内閣府が運営業務を受注した広告会社との契約書について、ミーティングを始めた後になって作成したうえ、契約日をさかのぼらせていたことが、会計検査院の調べでわかった。 本来はミーティング開始前に契約を結ばなければならず、検査院は「会計法に違反する不適切な経理処理」と指摘、内閣府に法令順守の徹底など再発防止策をとるよう求めた。読売新聞




 小泉内閣の売りの一つであった国民参加型政治としてのタウン・ミーテイングは、出席者も主催者である行政が指定し、質問内容までも決められて、幾つもの問題が浮き彫りになっていたが、いつの間にか問題に終止符が打たれたような格好になり、マスコミに姿を見せることの無かった提唱者の学者大臣も最近はマスコミ出るようになっている。

 昔のことになりつつある小泉構造内閣の吹き出物の一つであるが、
 それにしても内閣府も、
 社会保険庁並みと辛口のコメンターは怒りのコメントである。


 後から立てられる予定は全てがスムーズに進むだろう。すべてが主催者の都合の良いように進展し、やがて歴史になって、後世の人は、その当時の行政の働きと政府の民主的な取り組みを評価するだろう。

 国民はタウン・ミーテングで直接論議する機会を与えられ、
 国民との対話の後に法律は成立したというわけである。

 ある意味では、安倍内閣の強行採決のほうが分かり易いという人もいる。
 騙されるよりは強引に押し通された方が納得できるというわけである。


 それでもまだ小泉さんは人気は高い。
 小泉さんが問題ではなく、
 役人の問題だというのだろうか。

 そうかもしれないが、
 あまりにも杜撰すぎたのではと、
 小泉構造内閣に夢を抱いた、
 一人として怒りたくなるのである。


 決められた人たちが決められた質問をし、
 用意された説明で納得し、
 予定表も全てが終了してから作っていたのでは、
 殆ど無駄なことをしたに過ぎなかった、

 タウン・ミーテイングであった。

 ああ無常と叫びたいニュースである。

 

 

posted by mayoibsi at 12:26| 東京 ????| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月17日

歯医者いらず

イギリスで自分での抜歯が流行の兆しとか。

歯を自分で抜くのは覚悟がいる。

そんなことが流行するとは思えないが、

保険との兼ね合いでは流行する可能性もあるかもしれないし、

歯医者ではなく、簡単にはの抜ける歯抜きセットなどが、

100円ショップでも販売されるかもしれない。

posted by mayoibsi at 20:20| 東京 ????| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

結婚式の花訴訟



 新婚さんの怒りは十分わかる訴訟である。
 花屋に勝ち目はなさそうだが、金額の算出方法は気になるところだ。
 4670万円の賠償を求めたが、その4670万円の算出方法である。
 野次馬としては面白い記事だが、
 新婚の二人にとっては、
 第二の人生の出鼻を挫かれた様な思いだろう。
posted by mayoibsi at 11:29| 東京 ????| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ガソリン代水増しの東京都議

   東京都議選での、選挙カーのガソリン代水増し請求のニュースであった。
  なんともセコイ情けないニュースである。
  そんな議員が教育だ社会倫理だ、環境だと宣うのでは、
  なんとも情けないものである。

  第一ガソリン代が公費負担も驚くが、選挙カー一台分なら良いだろうと都民は思い、それ程気にもしない。行政負担する選挙費用と認めもするだろう。

 しかし、そのガソリン代まで水増し請求では呆れるばかりである。

 
 セコイ。政治家としてせこすぎるし、
 そんな政治家に何も期待できない。
 と、東京都民は呆れるだけだろう。
 

 これはもう政治ではない。
 国を誤魔化すことは罪ではない。
 誤魔化せるのは利口な人間であって、
 誤魔化せないのは平凡な人間であり、
 普通であり、
 また愚かな人間である。

 国を誤魔化すのもお役人の特権であり、政治化の特権である。
 政治家の犯罪に違いないが、お役人天国の精神構造である。
 一般社会では罪になることでも、役人なら罪にならない。
 役人を見張る立場の政治家は少しだけ違うような気もするが、
 地方の政治家がそのまま中央の政治家となっても、
 政治と金の問題は国会でも論じ続けられている。


 公務員法の強固な壁が守る公務員は公僕の意識がなければ、特別に優遇された閉鎖社会だ。何もかもが国から支給される。一般の国民とは違った社会意識が芽生えるのは当然である。
 といってもお役人の問題ではなく、地方政治家の問題である。そんなせこい人間を政治家と呼ぶのが間違っているし、誤魔化しは詐欺であり、指摘されて返還して終わる問題でもなさそうだが、国を誤魔化すのは罪にはならい。何しろ誰も損はしないのだから、役所も面倒くさい事は厭なのである。誤魔化すならちゃんと誤魔化せよというわけである。
 結局政治かは云々で片付けて、ばれたのはうっかりミスでもあるし、またそんなことに目くじら立てる共産党的輩のせいだと思っているだろう。共産党的輩の表現は適切ではなく、共産党関係者には怒られそうだが、正義の番人的ということで許していただきたい。

 <font color="#339900">それにしてもせこい政治家である。
 ばれたところで罪に問われる事もないし、
 取らなきゃ損だと思っての、政治家活動は続くのだ。</font>

posted by mayoibsi at 11:15| 東京 ????| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

秋の月が美しく


 秋の魅力は色々あるが、十五夜に代表される月の美しさもそうである。
 そうです、月は秋の代名詞でもあるのです。

 かぐや姫の昔から、月は人間のロマンをかきたててきた。
 科学的とか天文学的とか関係なく、
 うさぎが餅つきをする月は神秘の世界であった。

 潮の干満は月の引力さにより、
 潮の干満が生命誕生の神秘と密接な関係があり、
 潮の干満が生活習慣にも多くの影響を与え、
 潮の干満が人間の精神さえ左右する。
 地球上の生命体に影響を与えてきた。
 カレンダーは現在でも多くの太陰暦の事柄が書き込まれている。


 そんなことは別にしても、月は人間の情緒ともまた深く関係してきた。月旅行が夢ではなくなった現在でも、月は古代からの神秘とロマンを失いはしない。私たちはまだ、かぐや姫を信じたいのである。

 
 
日本ではかぐや姫が月のロマンで、西欧では狼男だと日本人のロマン性を誇りたい気持ちにもなる。

 

 秋の月には色々あるが、仲秋の月(陰暦815日)が最も美しい月で、十五夜である。仲秋の月を飾るのは澄み切った秋の空であり、秋草の香りであり、秋虫の鳴き声であり、夜露であり秋風である。農耕民族である日本人には収穫を祝う昔ながらの様々な風習がDNAに組み込まれているのだろう。ススキと団子などでの十五夜の風習も収穫祭の一つで豊穣を感謝し願う自然への感謝の気持ちが滲み出た風情溢れる風習である。月と単純に言えば秋の月であり、秋の月は月は月の象徴である。

 

「月月に月みる月はこの月の月」 

 

 月が一杯であるが、参考のためにつきの季語を上げると、
 色々とつきの変化も感じられる。

 初月 二日月(ふつかづき)三日月(みっかづき)新月 弦月

 夕月夜 有明月 昼の月 夕月 宵月 月白 月光 月明かり

月影 月夜 夜夜の月 月の出 遅月 

 盆の月 待宵月(まつよいづき) 小望月(こもちづき)

 名月 明月 望月 満月 今日の月 今宵の月 月今宵 

十五夜 芋名月 三五夜 望の夜 

 

 

 無月 雨月 雨名月 雨の月 月の雨 仲秋無月 曇る名月

 月の雲 

  

 十四夜月  待宵月  十四夜月 十四日月 小望月

 

十六夜月(いさよひ) 既望(既望) いさよふ月 

 十七夜月  立待月

 十八夜月  居待月 座待月

 十九夜月  寝待月

 二十日月  更待月(ふけまち)

 

 宵闇(十五夜の後の月の出が遅くなった頃の闇夜)

 

 後の月(913日の月。名月との対比での後の月である)

栗名月 豆名月 女名月 名残の月 姥月 星月夜

 

 
 「十五夜に 間に合わせると かぐや姫」
   

 

   
posted by mayoibsi at 02:58| 東京 不明| 詩のような | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月16日

アルコジ大統領もかなわないセシリアさん

  フランスはプライバシーの侵害に対して厳しい規制があり、マスコミがプライバシーに関する報道は滅多にしないと言うが、報じられたときには決定的なことなどだろう。フランスのマスコミには報じられることがなくても、周辺の国々、特にスイス新聞はかなり前からサルコジ大統領の離婚を報じていたらしい。

 ヨーロッパの面白さである。独自色を強調しながらも陸続きの国々では完全な独自色というような文化はないだろう。フランスで禁じてもお隣のスイスでは面白おかしく書かれるのがフランスのゴシップとかで、あるいはイタリアドイツでも書かれているのかと勘ぐりたくもなる。当選ある程度は書かれるだろう。フランス的といえばフランス的な自由な女性像である。サルコジ大統領と大統領選挙を争ったロワイヤル女史も特異な結婚形態であったが、離婚の危機とかのニュースもあったがどうなっただろうか。

 自由奔放で強かな女性シリア夫人は離婚しても影響力を持つと思う。勿論、惚れているだろうサルコジ大統領へである。大統領を袖にする女はフランス女性セシリアしかいないだろう。ファース・トレデイーは厭だといって選挙も行かなかったとか、また、ドイツのサミットでは娘の授業参観のためとかで帰国し、先進国の首脳も無視と言った感じであったし、いかにもフランスの自由な女性像を世界に示すことになった。

 世界の女性たちは彼女を支持するだろう。
 スランスで最も人気のあるのは、セシリアさんだと思う。



posted by mayoibsi at 04:49| 東京 不明| 童話的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月15日

ウイリアム王子の結婚は近いようだ。


ダイアナ妃の死の審議とが始まったニュースもあったが、
二人の結婚が近ければ、イギリス王室に久々に明るいニュースということになるのだが、

鹿狩りが動物愛護団体からの批判を受けるのは仕方ない。

ダイアナ元妃の印象がまだ強く残る英国王室では、
妃候補者とダイアナ元妃との比較があるから、
可哀想な気もする。

ダイアナ妃の気品と並ぶ女性がいるとは思えない。

posted by mayoibsi at 16:24| 東京 ??| 童話的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

福祉関係詐欺事件多発

 倒産した家具会社の社長が知的障害の従業員10人の傷害基礎年金を無断で引き出し賃金も払ってなかった。その総額は2億円以上にもなるという。その事件は奈良県であった。

 大阪では何人ものホームレスを家に住まセ、生活保護から家賃を取っていた。家賃を取っていたのは当然としても、家賃をとるのが目的で住まいを与え生活保護申請していたのだ。

 東京ではペーパーカンパニーで浮浪者が働いていたかのように失業保険加入で、多くの失業保険を受け取っていた。

 福岡では架空の生活保護者を作り、生活保護費を役所の係りの職員が受け取っていた。


 介護保険の不正請求等もよく耳にする。
 嘆かわしい福祉食いの詐欺事件であるが、
 景気が良い日本の現実が見えるようだ。

 ハローワークの求人欄から年齢表示は消えたが、
 そんなことに意味があるのかないのか、実に馬鹿げている。

 年齢表示がなくても、年齢制限は企業にあるわけであり、企業の求人目的は将来を見据えるから当然年齢制限は必要である。


 福祉関係の詐欺的いかさまはこれからも色々と出てくるだろう。中高年者への求人は皆無であり、急激な老人社会の到来は、福祉にしか頼れない現実があるようだ。何ヶ月もハローワーク通いしてうんざりした経験からは、福祉関係の詐欺は身近な事件のような気もしないでもない。


 そんな現実も小泉改革の落し物だと国会では論議されているが、果たしてどうだろうか。 

posted by mayoibsi at 16:09| 東京 ??| M的評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イランで誘拐された中村さん解放へ。


 イランで麻薬光代組織に誘拐された、横浜国立大学生生が解放される見通しがついたようだ。そんなニュースである。

 テロ阻止家による誘拐監禁だと複雑な政治的駆け引きがあるが、犯罪組織の有形の目的は身代金に決まっている。しかし、彼らは逮捕された仲間の釈放が主目的であった。日本外務省も交渉相手は当然イラン政府である。テロに屈しないなどの角ばった国際政治の戦略的倫理観などではなく、犯罪組織の要求は、外国人の人命尊重大儀でイラン国民も納得する。

  繰り返しになるが、犯罪組織の実利的な駆け引きは解決も早い。イラン当局は不本意でも、誘拐されたのが外国人であり、外交的配慮で国民は納得するわけで、日本政府の要求も人命尊重の一点であり、金銭的要求もそれ程問題ではないだろう。

 日本で危険な地域を承知でのイラン入りの批判も沸きあがりかけているが、危険な地域への、身を呈した冒険もまた若者の特権だと思うのが、思慮の浅い野次馬的思考では、批判されるべきではないと思う。それでも、解放へ向けて苦労した人々からの苦言は当然受けなければならないし謝罪も必要だ。

 自己責任論を唱える人は当然いる。イラクでのことだが、23人の韓国人の拉致監禁事件も記憶に新しい。また、ミャンマーでジャーナリスト長井健二さんが銃撃された直後である。色々な批判が出るのも当然かもしれない。

 中村さんは棄権を承知での自らの計画に従っての行動で、色々の展開を予想した上でイラン国境を越えたのだろう。日本の観光地へいく気持ちでの入国などありえないし、危険性のない安全な場所へ行くのは観光旅行であり、そのほかへの旅行はイランに限らず危険はつきものだと承知しているだろう。イラクの戦場ならともかく、いかに治安が不安定でもイランは戦争国でもないし、責められるのは酷なような気もする。

 個人的に旅をする若者の行動は、
 時には無為思慮になる。
 いや殆んど無思慮と呼べるものかも知れない。


 元気に解放されたら、それでいいだろう。
 
 未だ解放はされないが、
 全てがテヘランで決まるという事は、
 彼の安全は保障されたことであり、
 外務省や政府の働きに期待する。


 開放されたら無理に日本に帰る事なく、
 自分の予定通りの旅行を続けてほしい。

 日本に帰ってきて家族が国民や国家に向って詫びる必要などないと思う。

     
posted by mayoibsi at 13:27| 東京 ??| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

28年目の真実と江川の涙。

 
 最近もプロ野球新人獲得活動の問題があったばかりだが、
 ドラフトでの最大のドラマは江川の巨人入りであった。

  巨人は国民的な人気チームである。一時代前まではプロ野球といえば巨人であった。阪神や中日の地元ファンの熱狂的な人気のチームもあったが、全国デベルでは巨人の人気に頼るのがプロ野球で、巨人はプロ野球の盟主であった。現在のよう人気が分散してなかった。人気は巨人一辺倒といっても過言ではなった。


 当然野球少年達の憧れも巨人に決まっていた。
 誰もが志望球団は巨人であり、
 他のチーム、特にパリーグは新人選手には見向きいもされなかった。

 巨人が優秀新人独占では、
 巨人だけが強くなり、
 巨人だけが勝ち続けては、
 プロ野球が面白くない。

 実力伯仲の熱戦こそプロ野球の魅力である。そのためには優秀な新人選手の獲得が平均的に可能はシステムであるドラフト制度が出来た。
 その制度の隙を突いた妙案が空白の一日であった。何日から何日までの法律の文言に空白の一日があるという実に人を食ったような法解釈で欺こうとした。

 巨人軍の最大の汚点となった。

  一日の空白で巨人は江川と契約した。
   いかに国民的人気球団であり自他ともに認めるプロ野球の盟主であっても、
   詐欺的な傲慢さが許されるわけはない。

 
 江川は阪神に入団してから、巨人へのトレードということになった。

 そのトレードが江川にとっても、小林にとっても人生のキーポイントであった。
 
 その後二人の人生に大きな方向性を示したのは当然であるが、
 二人の現役を短くしたばかりか、
 現在も何らかの形で空白の一日を引きずっているのには驚いた。


 あれから28年二人は会話を交わした事もなかったという。
 その二人の会談が江川の番組で実現した。

 
 空白の一日以来私は江川は嫌いだった。
 日本人の中で一番嫌いなのは江川だった。
 現役時代の試合も殆んど観たことがなかったし、
 引退後のテレビ番組も見た事はなかった。

 江川の解説する試合は殆んど観なかった。


 偶然に小林繁に似た人がテレビ画面でグラスを掲げて立っていた。
 その人に目を引かれて画面を注視すると江川が現れた。
 小林繁に似た人は本人だった。

 二人の対談の放映は二週目ということだったが、
 江川の引退会見などが流れ、
 小林さんにどうしても詫びたいと、
 江川は言っていた。


 28年間二人は形こそ違え同じことに捉われ続けていた。江川が何度も小林なんに詫びたかったと言う言葉を聞いて、今までの江川嫌いが吹き飛んだ。

 江川が好きになった。

 彼らが持ち続けた空白の一日の重さは見る側のファンには理解し得ないが、二人とも紛れもなく名投手であり、伝統の巨人と阪神を背負ったエースであった。彼らは伝統のチームのエースの重さに耐えながら、別のものも背負っていた。特に小林は巨人のエースでありながら新人とのトレードだった。いかに大物新人でもエースと呼ばれた投手には屈辱であった。その屈辱を背負っての阪神でもエースであった投手が小林繁であった。一方の江川も罪の意識は持ち続けていた。二人が背負う重量物が二人の現役生活を短いものにした。二人とも突然の引退であり、惜しまれつつの引退であった。
 
 二人の名投手の野球人生を翻弄した、空白の一日は、栄光の巨人軍といわれた球団の盟主の最大の汚点として、また歴史的な事実として残り続けることになる。 


 最後に小林が言った、
 「この会談が自分のこれからの人生を変えるだろう」と。


 そして、江川は涙を流して「悲願がかなった」と言った。

 
posted by mayoibsi at 02:37| 東京 ????| 詩のような | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月13日

黒川紀章さん逝く

 
 黒川紀章さんが亡くなった。
 黒川紀章さんは、
 「メタボリズム」(新陳代謝)や、
 「共生」を提唱した建築家であった。  しかし、私たちの印象に残っているのは、 東京都知事選挙への立候補であり、参議院選挙への立候補であった。  東京都知事選挙への立候補と石原慎太郎さんへの戒め的な発言は物議を醸し、参議院選挙立候補と共生党の誕生などは、建築家黒川紀章の別の一面を見せてくれた。  建築家として知られ、女優若尾文子との旦那として知られた黒川紀章さんの肉声を聞くのは初めてという人も多かったのが、それは強烈な言葉として発せられ、強烈な印象となり黒川紀章像となった。  オーバーな表現であはあるが、あの石原慎太郎への挑戦的挑発的発言は多くの人々の魂を揺さぶった。 女優若尾文子の結婚は当時の若尾文子ファンに大きなショックを与えたと言う。知り合いのおじさんの話であるが、最も輝いていた女優と結婚した世界的な建築家は、当時の男性の羨望の眼差しを一身に浴びた。また「若尾文子は比類無き大女優であった」の言葉は、俄かには信じがたいが、建築家黒川紀章の偉大とは結びつくようだ。  黒川さんの死を知ると、 都知事選への立候補や、 信じ難いパフォーマンスや、 歯に衣を着せない言葉などが、 死の予感によるものだったと言う人もいる。  そうかもしれないと同意するほかないが、 建築家黒川紀章の真実の夢は政治家であったのだと思ったりする。  共生の思想は、小沢一郎や福田康夫も使う身近な政治用語であるが、黒川さんの共生には両政治家とは違う広大なイメージがある。  自らの夢を実現させる為に政党を作り政治家への道を歩み始めた黒川さんは情熱の中で死んだ。情熱の中で死ねるのは幸せである。  若尾文子さんは、 「急変するとは思わず、つらかった」と言い、 「そんなに人間簡単に死んでしまうなんて。やっぱり思わないものですから、とてもつらかったです」と言った。 最愛の夫の死がつらいのは当然であるが、どこか醒めた若尾文子さんの言葉には、死を予感していた妻の覚悟が感じられる。  変わらぬ美しさの若尾文子さんが、演説する黒川さんを労わりの眼差しでみつめる。 そんな参議院選挙の風景が目に浮かぶが、 都知事選挙では殆んど姿を見せなかった若尾文子さんが自らも立候補者として名を連ねた参議院選挙は、あるいは黒川紀章さんの最後を予感した若尾文子さんの夫への贈り物だったのかもしれないとあらためて思う。  黒川紀章さんと若尾文子さんの最後の会話は、 「わたしはあんまりいい奥さんじゃなかった」 「そんなことはない。本当に好きだったんだから」  だったと言う。  偉大な建築家というよりも、 面白い人を演出した見せた、

 黒川紀章さんのご冥福を祈ります。

posted by mayoibsi at 11:57| 東京 ????| 童話的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月12日

時津風部屋稽古風景

  またまた時津風部屋のことである。


 時津風部屋の稽古風景が報道され、
 新親方の元での部屋の再出発が、
 如何にも華々しささえ感じられるが、
 なんとも違和感のある風景だ。

 新親方は新潟のなくなった若い力士斉藤さんの実家へ赴き謝罪と親方就任の挨拶をした報道があり、新親方による再出発の稽古風景と続くわけだが、事件は解決してないし、事件の重要な位置にいる前時津風親方も、相撲協会の頂点に君臨し全てに於いて責任のあるはずの協会理事長も遺族への謝罪は無かったと思うが、全ての元凶とも思える時津風の名前は引き継がれ、部屋は再興される。

 警察の傷害致死への立件によっては若い力士を殺した部屋である。遺族にしてみれば、その稽古風景は自分の子供を殺した土俵に写るだろう。せめて部屋の稽古風景は警察の捜査終了を待って、相撲協会から遺族への謝罪なども終わってからにして欲しかったと思うのが、大方のファンの気持ちだ。

 もう大相撲を見ようとは思わない人間が何を言う資格もないが、子供を殺されたと思っている遺族への思いやりぐらいはもってほしいと思う。部屋の継承再興が何よりも優先されるのは大相撲関係者に当然であっても、ファンにとっては遺族同様に力士を死に至らしめた部屋としか思わない。

 偉大な双葉山の名前は、時津風と引き離して残すべきである。


 部屋の稽古風景の公開などの無神経さは、今更どうしようもないが、せめてほかの事は警察の捜査が終わり、事件の決着がついてからにして欲しいものだ。
 死んだ若い力士の遺族の疑念に答えるのが協会の責任だろうと野次馬は思うのである。遺族は殺されたと思っている。


posted by mayoibsi at 06:37| 東京 ??| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月11日

新時津風親方が誕生した

 入門ももない若い力士が親方にビール瓶で頭を殴られ、兄弟子たちの集団暴行の後に、リンチ的なぶつかり稽古の後意識を失い放って置かれ、息も絶え絶えになって病院に運ばれ死んだ。その事件の決着もつかないのに、塔の親方は解雇され、部屋の継承者が決まり、華々しいレビューだ。

 そして、新時津風親方が、新潟の殺されたか死んだかもまだ分からない、元力士・時太山こと斉藤俊さんの実家を訪ね、両親に謝罪と報告を行ったという。いささか疑問が湧くのは、時津風部屋の存続を遺族に報告する必要はないとはいえないにしても、警察の捜査が終わり事件の決着後でもいいだろう。それより先にしなけれならないことは、元親方の謝罪であり、兄弟子達の謝罪であると、野次馬は声を荒げたい。


 時津風部屋が再出発したという。
 それはそれでいいかも知らないが、
 新時津風親方に注目があつまり、
 若い力士が死んだ事は忘れ去られている感じだ。

 前の時津風親方解雇前に、
 前の親方始め日本相撲協会の幹部は、
 揃って死んだ力士の遺族に、
 謝罪すべきであったような気がする。



 警察の捜査中とかの理由を挙げてみたりするが、それとこれとは関係ないし、入門間もない力士が死んでから3ヶ月もたっての騒動は協会の責任でもある筈だが、死んだ力士の親が動かなければそのままうやむやになっていた可能性さえある今回に事件は、力士の命よりも名跡の継続を優先させたことを証明して見せた。なぜそんなに急いで後継者を決める必要があるのか。それはファンならずとも浮かぶ疑問である。名横綱双葉山を起源とし、先の理事長からつながる協会の名門は分かるにしても、厳しい言い方だが実質的に力士を殺した部屋が残り続けるのである。そのことを考えた協会幹部はいないようで、遺族への謝罪より先に部屋の継承を考えている。しかも、東京の農大のつながりで新親方が決まったなどの報道と、マスコミの取り扱いも異常であり、死んだ力士の遺族はこれから先もこの部屋の名前を聞いただけで悲しみは湧き、多くのファンもあの人殺し部屋かのイメージが湧き上がるだろう。



 新親方にしても迷惑な話である。
 この部屋が上手く行くことはない。
 いってはならないのだ。

 罪を認め罪の償いも謝罪さえしないで、
 協会の都合で力士の命を軽んじて、
 名門を守るために汲々している大相撲協会に、
 国技としての存在理由があるかと疑問が湧く。


 おかしい。

 警察の捜査も終わっていない。

 もし、
 傷害致死などの立件がなされれば、
 この部屋は存続できるのだろうか。

 事件と部屋は関係なく、
 解雇になった親方と兄弟子達を、
 分離して考えるのだろうか。


 元力士とか、解説者や評論家が、
 あたかも若い力士の死は、その力士が弱かったからの、
 ニューアンスのことが言っているが果たしてそうか。
 勿論、前提として死はあってはならないと付けてはいるが、
 兄弟子達の行動を擁護するような、
 厳しい練習の成果への言及だ。


 体育会系の厳しさはスポーツをやった多くの人が知っている。そんな中での矛盾など誰もいってはいないし、また、誰も死んでもいない。厳しい中には当然虐めがあっても、一つの通過点であり、思い出となる儀礼的なもので、殺すまでのいじめなどない。先輩や兄弟子の厳しさを強調しても、現実に若い力士は死んでいるのだ。


 スポーツである。

 どんなに厳しい練習があっても試合に勝って、それが思い出になり、厳しさは喜びに変わる。その喜びのために厳しい練習に耐えると言う単純な構図は必ずしも死には到らない。


 死んだ力士が悪いのか。


 そんなバカなと思うような現実が相撲協会で起こっている。
 名門時津風は確かに名門だが、若い力士はこの部屋の土俵で殺されたかもしれない。

 日本相撲協会も直接の指導者であった前時津風親方も、
 殺したかもしれない兄弟子達も、
 遺族の元へ謝罪にいってない。


 全てが逆だ。


 と、感情的に怒り続ける野次馬である。

posted by mayoibsi at 09:45| 東京 ????| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月10日

80歳のお爺ちゃんがわいせつか

『「神事」と偽って少女にわいせつな行為をしたとして、兵庫県警須磨署は10日、神戸市須磨区須磨浦通、喫茶店経営大市俊勝容疑者(80)を強制わいせつ容疑で逮捕した。大市容疑者は「覚えていない」と否認している。 調べでは、大市容疑者は昨年11月19日午前11時30分ごろから約3時間、同区内で経営する喫茶店で、アルバイトをしていた大阪市内の当時中学3年だった少女(16)の体を無理やり触るなどした疑い。 大市容疑者は経営する喫茶店に「白馬神宮」と書いた看板を掲げ、訪れた人の相談に乗るなどしていたといい、「心の悩みが解決する」などの評判を聞きつけた母親が前日、少女を喫茶店に連れてきたという。 少女は「災いが起きたら困ると思って抵抗できなかった」と話している。』Yomiuri 

 80歳のお爺ちゃんの、わいせつでは警察も困るだろう。果たしてわいせつという感情がお爺ちゃんにあったかどうかは、何とも言えないが、それにしてもわいせつと判断されたのは褒めるべきだろう。

 皮肉でもなんでもなく、元気なお爺ちゃんがいるのは、何となく楽しいものである。
 そんなことをいうと少女や警察にも怒られそうだが、
 しかし、少女は果たしてお爺ちゃんにいやらしい事をされたとの思いがあるかどうか、何とも言えないが、そんな思いは無いのではと無責任に思ったりする。

 勿論お爺ちゃんにわいせつなどの罪を背負わせたくないから言うのだが、 それでも、やっぱり、お爺ちゃんは、いやらしいことを考えてはいなかっただろう。

 もし、お爺ちゃんが確信犯なら、
 惚けたふりでもすると思うが、
 お爺ちゃんは堂々としている感じだ。

 それぐらいの元気なお年寄りが多くいれば、医療費も看護費もいらないし、老人問題なども解決である。最近、「お爺ちゃんにもセックスを」の、広告が新聞に載ったが、元気なお爺ちゃんがいれば安心でもある。少女は厭な思いをしたかもしれないが、お爺ちゃんに代わって少女に言うと、おじいちゃんはけっしていやらしい考えで触ったのではない。そして、お爺ちゃんのために誤りたいとも思う。そして、おじいちゃんを責めないでとも言いたいし、警察へもそういってほしいわけである。
posted by mayoibsi at 20:50| 東京 ????| 童話的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

時津風部屋は残る。これでいいのか大相撲。

  入門間もない若い力士を死に追いやった時津風部屋は現役力士時津海が引退して引き継ぐことが決まったようだ。若い力士の死はかえりみられることもないと言った感じの部屋引継ぎである。一人の若者の死は大相撲の名跡の前では何の意味もないかのような展開である。何とも無味気ない決定である。
 
「時津海が9日、現役を引退し、年寄「時津風」を襲名したことで、これまで所有していた年寄名跡「錦島」は弟弟子の十両・霜鳳に譲渡された。現錦島親方(元幕内・蔵玉錦)は借株のまま、今後も同名跡を名乗る。前時津風親方の山本氏は「時津風」を時津海に譲渡したが、その代金(推定1億5000万円)は時津海から「錦島」を譲り受けた霜鳳が山本氏に払うことになる。」スポーツニッポン


 何ともややこしいが、名跡の取得や譲渡は大金が動き、力士はそのための必死になるのだろう。

 横綱や大関を目指すのと同時に、名跡取得で、 親方への道も、一つの力士のあり方だろう。

 それはそれとしても、やはり若い力士の死が忘れられていると思う。

 時津風は名跡だから残すと相撲協会は決ての迅速な対応ともいえるが、若い力士の死よりは、名跡を残すことを優先的に考えるような思いはする。そんなに名跡が重要かの疑問が国民から湧くのは当然である。


 力士の死はその事件の立件前に忘れ去られ、
 時津風部屋の継承の方が、
 重要な問題であるかの如くに進展している。

 一般的な国民感情としては、
 力士の命を奪ったのは時津風部屋に違いなく、
 これから先も忘れられることもないし、
 部屋を継承した新親方も、
 自らの意思とは関係なく、
 相撲協会の取り決めに従ったわけである。

 一見、見事な采配であるが、
 若い力士が死んだ事件の検証などはなされず、
 個人の人権よりも先に、
 相撲協会ありき、
 名門の継承ありきでは、
 死んだ若い力士も浮かばれないだろう。

 時津風部屋の存続がどんな意味を持つかは、
 一概に言えないかもしれないが、
 一般的な国民の意見は、
 一人の力士の命を奪った部屋という、
 イメージは拭えないし、
 力士の命よりも、
 名跡の継承を重んじた、
 大相撲協会のイメージは消えない。

posted by mayoibsi at 11:21| 東京 ????| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月09日

危険な二人



この二人が近づく事は危険だ。
何かと対立することの多い、タカ派二人であるが、
親しくなると困ると思っている世界の首脳は多いだろう。

最も困ると思うのは、
アメリカとイランの大統領である。

ロシアとフランスは、
決して手を握る事はにだろうが、
手を結べば西欧の国々が困るし、
世界が困る、危険な二人だ。
posted by mayoibsi at 18:20| 東京 ?J| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

52歳の国会議員引退表明

 自民党の木村隆秀衆院議員が今期限りでの政界引退を表明だ。
 愛知二区選出の同議員は愛知県庁内で記者会見し、「政治家に不向きだった。普通の生活に戻りたい」と、見事な引退理由を述べた。普通の生活に戻りたいは、普通の女の子に戻りたいといって引退した、遥か昔のアイドル・キャンデイーズのを思い出させるが、自ら政治家に不向きだと判断した人にだけ言える言葉かもしれない

  潔い決断だともいえる引退表明だ。
 52歳での政界引退は早すぎるの声は当然あるだろうが、
 政治家には向いないと自ら判断しての引退は見事な引き際であり、
 見事な再出発でもある。


 「郵政民営化に反対だったが、自民党の公認を取るために・・・」などとも言っていたらしいが、そんな事は言うべきではなかったし、必要なかったと、あえて苦言も呈したいが、政治家としての潔さで帳消しとなりそうだ。

 父を引き継いでの政治家だが、
 政治家への不向きは確かに見定めるべきであるが、
 それが出来る人は少ない。

 父から引き継いだ地盤と名声に縋り付く政治家が横行して世迷言をの宣うご時勢に、よく決心した関心もする。

 親の死んだ年代になっての引退表明にはそれなりの見定めや、宿命的なものを感じての特別な思いもあるのだろう。少々ややこしいことを言うと、人それぞれの考えであるし、支援者も有権者も木村隆秀衆議員の決定を尊重し、その後の人生も応援したい気持ちにもなるだろう。

 政治家としての評価は他の選挙区の人間に出来るわけもないが、潔い人間に悪い人間はいないと思っているので、悪い人間でなく、悪い政治家でもなく、政治家としても評価できると思われる。


 賞賛に値する珍しい政治家と言うことになる。
 次の衆議院選挙ではそんな潔い人が何人も出てくることを願うが、そんな人はいないだろう。あるいは小泉チルドレンにはいるのかとも思うがどうだろうか。政治家としての不向きとか以前に、自民党での小泉チルドレン虐めが始まっては彼らに応援したくなるのが人情だ。これまでにな党内闘争が予想される自民党で潔い引退表明はやはり意義がある。


 今後は自分に相応しい世界で活躍するだろう。

posted by mayoibsi at 18:00| 東京 ?J| 童話的 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小沢ショック

小沢ショックだ。
 現在の日本を揺るがすのは、
 小沢ショックと、
 沢尻ショックと、
 時津風ショックの三大ショックだ。

 日本の政治は小沢ショックで揺れている。
 
 旧来の最も古い自民党的であったはずの小沢一郎のタカ派的保守派的発言に与野党の垣根を超えて揺れ動いている。小沢一郎の自衛隊の
ISAFへの派遣発言に与野党が揺れている。社会党や共産党が騒ぎ立てるなら理解も出来るが、自民党も騒ぎ出した。

 突拍子もない発言には違いないが、予想だにしない発言ではない。給油活動は自衛隊の本来の任務ではないし、地上の国連部隊への参加が取り沙汰されても不思議ではない。

 無料給油を続ければ世界の国々から感謝されるのは当然で、何処かのスタンドが無料でガソリンを入れてくれれば、ガソリンを入れた人は誰でも感謝する筈だ。そんな単純な道理である。それに国連決議がでたのは国連の存在の軽さを証明するものだ。燃料を入れてもらったから感謝しますが国連決議とは余りにもお粗末過ぎる。


 さて小沢発言である。

 大きな意味のある発言に違いない。

 

 テロ特措法の延長に反対で、自衛隊の地上部隊への派遣を唱える。

 相反するような二つの小沢的思考は国連主義では一致するらしい。


  国連は世界の調停機能を持つ唯一の組織である。冷戦時代にはほとんど失われていた調停機能も冷戦崩壊後は機能を発揮し始めたが、中国とロシアが発言力を増し、冷戦時代へ逆戻りだ。それでも大国の横暴を抑えるには国連の存在は大きな意味があるが、日本で言う国連主義はアメリカ依存からの脱却に他ならない。



 アメリカの言いなり的な政治が戦後政治であり、アメリカにノーといえるのが夢であった日本国民にとっては、小沢一郎的思考はある種の爽快感もある。

 しかし、国連部隊への自衛隊派遣には国民も自民党の保守主義の先生方もこぞって反対のようだ。