最近もプロ野球新人獲得活動の問題があったばかりだが、
ドラフトでの最大のドラマは江川の巨人入りであった。
巨人は国民的な人気チームである。一時代前まではプロ野球といえば巨人であった。阪神や中日の地元ファンの熱狂的な人気のチームもあったが、全国デベルでは巨人の人気に頼るのがプロ野球で、巨人はプロ野球の盟主であった。現在のよう人気が分散してなかった。人気は巨人一辺倒といっても過言ではなった。
当然野球少年達の憧れも巨人に決まっていた。
誰もが志望球団は巨人であり、
他のチーム、特にパリーグは新人選手には見向きいもされなかった。
巨人が優秀新人独占では、
巨人だけが強くなり、
巨人だけが勝ち続けては、
プロ野球が面白くない。
実力伯仲の熱戦こそプロ野球の魅力である。そのためには優秀な新人選手の獲得が平均的に可能は
システムであるドラフト制度が出来た。
その制度の隙を突いた妙案が空白の一日であった。何日から何日までの法律の文言に空白の一日があるという実に人を食ったような法解釈で欺こうとした。
巨人軍の最大の汚点となった。
一日の空白で巨人は江川と契約した。
いかに国民的人気球団であり自他ともに認めるプロ野球の盟主であっても、
詐欺的な傲慢さが許されるわけはない。
江川は阪神に入団してから、巨人へのトレードということになった。
そのトレードが江川にとっても、小林にとっても人生のキーポイントであった。
その後二人の人生に大きな方向性を示したのは当然であるが、
二人の現役を短くしたばかりか、
現在も何らかの形で空白の一日を引きずっているのには驚いた。
あれから28年二人は会話を交わした事もなかったという。
その二人の会談が江川の番組で実現した。
空白の一日以来私は江川は嫌いだった。
日本人の中で一番嫌いなのは江川だった。
現役時代の試合も殆んど観たことがなかったし、
引退後のテレビ番組も見た事はなかった。
江川の解説する試合は殆んど観なかった。
偶然に小林繁に似た人がテレビ画面でグラスを掲げて立っていた。
その人に目を引かれて画面を注視すると江川が現れた。
小林繁に似た人は本人だった。
二人の対談の放映は二週目ということだったが、
江川の引退会見などが流れ、
小林さんにどうしても詫びたいと、
江川は言っていた。
28年間二人は形こそ違え同じことに捉われ続けていた。江川が何度も小林なんに詫びたかったと言う言葉を聞いて、今までの江川嫌いが吹き飛んだ。
江川が好きになった。
彼らが持ち続けた空白の一日の重さは見る側のファンには理解し得ないが、二人とも紛れもなく名投手であり、伝統の巨人と阪神を背負ったエースであった。彼らは伝統のチームのエースの重さに耐えながら、別のものも背負っていた。特に小林は巨人のエースでありながら新人とのトレードだった。いかに大物新人でもエースと呼ばれた投手には屈辱であった。その屈辱を背負っての阪神でもエースであった投手が小林繁であった。一方の江川も罪の意識は持ち続けていた。二人が背負う重量物が二人の現役生活を短いものにした。二人とも突然の引退であり、惜しまれつつの引退であった。
二人の名投手の野球人生を翻弄した、空白の一日は、栄光の巨人軍といわれた球団の盟主の最大の汚点として、また歴史的な事実として残り続けることになる。
最後に小林が言った、
「この会談が自分のこれからの人生を変えるだろう」と。
そして、江川は涙を流して「悲願がかなった」と言った。
posted by mayoibsi at 02:37| 東京

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詩のような
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