名言 「来る者拒まずされど行かず」
「必要性を拒否せずされど求めず」
「晴耕雨読ではなく晴篭雨出」
<font style="color:#339900;">「抗うつ剤「パキシル」(一般名・塩酸パロキセチン水和物)の副作用が疑われる自殺者が05、06年度と2年連続で2ケタに増えたことが厚生労働省などの調べで分かった。パキシルはうつ病やパニック障害などに有効だが、若い人を中心に自殺行動を高めるケースがあり、添付文書にはすでに警告や注意が明記されている。厚労省は医療関係者に「患者の状態の変化をよく観察し、薬の減量など適切な処置を」と呼びかけている。」mainiti
「田島治・杏林大教授(精神保健学)の話 パキシルはうつ病に有効で、自殺関連の副作用が表れるのもごく一部とみられる。ただ、投与後、最初の9日間は慎重に様子をみて注意が必要だ。また、うつ病を早く見つけ、治療するという流れにのって、軽いうつ状態にまで、すべて薬を投与するのは問題だ。特に若い人の場合、
カウンセリングで治るケースも多く、慎重にすべきだ。」mainiti</font>
タミフルの話題が消えたと思ったらバキシルだ。
バキシルの自殺企図への副作用はタミフルと同じだと思うが、あくまで素人考えである。
ある日突然の感じで仕事をやめ、田舎暮らしをはじめた友人の話を思いだす。
今は里山の廃屋同然家に引っ越し晴耕雨読ならぬ、
晴篭雨出の生活をする友人は典型的な仕事人間であった。
田舎に引っ越してしばらくの間は、
家の修理や小さな畑の仕事で忙しかったし、
近くの人々とも仲良く声を掛け合っていた。
仕事人間であった彼の時間的な節度は仕事から解放さても変わらなかった。
出勤時間前に散歩を終え、帰宅時間後散歩に行く。
それだけでも時間的な節度は十分であった。
散歩の途中で誰かに会うのが楽しみであった。都会では感じたことのない他者への親しみであった。
田畑の中の散歩道で農家の人たちに会うのは当然で、それが楽しみであった。温かい人情などの言葉が実感できる時であったし、都会では味わえない人情の機微などが実感できた。
そんなある日、何時ものように散歩していた彼は、二人のご婦人に会った。
一人は良く知っている農家の老婦人、いわゆるバアちゃんで、
もう一人の40代の婦人は、遥か離れた山間から微かに瀟洒な屋根が見える、
洋館風豪邸の住人だと後で知った。
「いいご身分ね」
挨拶を交わして通り過ぎた背に投げられた言葉であった。
「いいご身分」の、
意味が分からなかったが気にならなかった。
何日かして、もっとも親しいバアちゃんに会った。
もちろん散歩の途中であったが、
親しさの当然の儀礼として、
立ち止まって話をしようとした彼の無意識の行動は、
「本当に、いい身分だね」
の言葉ではじかれた。
その言葉は、彼に言われたというよりは、梅の畑で見え隠れしているバアちゃんの話し相手に言っているようでもあったが、彼は歩き出していた。
彼の衝撃は大きかった。前に言われた「いい身分ね」は気にもならなかったが、もっとも親しいバアの言葉の衝撃は、前のバアちゃんたちの言葉も甦らせた。
それ以来彼は散歩に行かなくなった。
彼の運動のためにバーベルセットを届けた私は、彼の神経病みを笑ったが、彼は生活に困らないし田舎でもパソコンは生きているから何でもないと笑った。しかし、話し相手に餓えているのを証明するかのように、次から次から田舎での発見が語られ、時の過ぎるのも忘れていた。
前置きが長くなったが、その友人の仕事やめるきっかけともなった話である。
「何年か前に、眩暈で起き上がる事ができなくなった。出勤時間迫って必死にもがくが、動き雲の上に乗っているようだ。雲に乗った経験などないが、きっとそんな感じではないかと思ったりしながら、布団にしがみ付いていた。地球が急激に無軌道回転して感じであった。目を閉じると地球は回転を早めた。自分のいる空間も地球に合わせて回転速度を上げていく。そんな感じだった。しばらくすると何となくおさまったが、起きあがり掛けるとふらつき壁にしがみついた。
病院の救急治療室に入った。
地球が回転する危機感も医者にとってはなんでもなかった。
必死に危機感を訴えても、医者はにやけて頷きながら次々と質問を繰り返す。
脳波検査も終わって診断はストレス障害であった。
眩暈を引き起こすほどのストレスがあるとは思わないが、自分はそのまま立ち上がれないとの思いは何度も浮かんだ。病院から帰って何も起きなければ問題ないと思ったが、一回の治療で治るはずもななかった。
ストレス障害は、とりあえずの診断のような気がした。
確かに、周りの全ての人間が自分を非難し敵対心を持って迫ってくるような脅迫観念を味わったことは何度もあった。精神的な脅迫観念が眩暈につながるかどうかは医者ならぬ身でわかる訳もなく、医者の診断に異を唱えるものではない。
兎にも角にも、
眩暈が治まってさえくれたら、
病名など何でもいいし、
原因にしても同じである。
次の日に起き上がりかけると同じだった。前の日よりも地球の回転は激しくなり、唸り声を上げた。何種類もの薬を飲んで横になっているより他はなく、治まる気配のない地球の回転で船酔い状態になっていた。
仕事が気になった。
クルマでの通勤が気になった。
何種類もある薬の一つは睡眠薬に違いない。うつらうつらと眠くなり、次の目覚めでは、眩暈はなくなっていた。それでも起き上がると微かなブレを感じる。歩くのに支障はなくなり、ソファーに身を投げてテレビを見て時間を過ごす。何時間か過ぎて食事に立ち上がると、また眩暈がする。同じことの繰り返しであった。
三日経っても仕事に出かけるまで回復しなかった。仕事は問題ないにしても、車の運転中の眩暈が気になった。
バキシルで治った。
抗うつ剤に抵抗があったが確かに治った」
と言った彼に、「自殺企図」はなかったかと聞いてみた。
彼の返事は、そんなのは日常的なことだった。
自殺を考えるのが日常的とは理解できない。
彼の経歴からは尚理解不能だが、現在の里山の彼を訪ねると、、、、。
理解できると思ったがそうでもなかった。
現在の彼が最も幸せなような気がする。
彼の里山暮らし、つまり田舎暮らしの計画の中には、
自給自足が大きな比重を占めていたが、そんな考えは捨てた。
あえて何かをする考えは捨てた。
畑はやしきの中だけであり、
積極的に参加しようと思った地域の人々との付き合いもやめた。
「来る者拒まずされど行かず」
「必要性を拒否せずされど求めず」
「晴耕雨読ではなく晴篭雨出」
と、
彼は小さな空間の中で、
さらに細分化された空間をいかして、
何不自由ない情報化社会を生きている。