税収が減ったらタバコ。何かあったらタバコ、増税は先ずタバコ。禁煙には百利あって一害無し。喫煙者にとっては地獄のようなとオーバーな表現可能な日々がやってくる。それは、今現在も自国的な日々だと言う喫煙者もいると思うが、更に喫煙に対して冷ややかな世論が湧き起こるだろう。
そして、ついにその日が来る。10月1日からの値上げの日だ。1箱100円以上の一気の値上げは喫煙者には厳しい選択を迫るも同然だ。深刻な被害は煙草葉の生産者と、喫煙者だと、一般的な嘆きは兎も角として、喫煙も禁煙も自由である。だから、深刻な問題ではないが、元ヘビースモーカーとしては、喫煙への風当たりと国家的な規制風がたまらない。
角々のたばこ店は、街の風景の絶対的な要素であったのは昔で、今では自動販売機の無機質な販売が主である。タバコ屋の看板娘などの言葉も今は昔の話だ。ある小父さんは禁煙中だが、散歩中に、無意識に昔からの馴染みのタバコ屋に向かうことがあるという。タバコを買うことは無いが、看板娘ならぬ婆ちゃんと世間話をして、孫への土産のガムを買って帰る。それが最近はとみに回数が増え、週に三回は行くから、孫もガムに飽きた。
禁煙グッズ増えた。電子タバコなどもある。煙の出ないタバコなどもあり、禁煙が産業になる。それはそれで楽しいが、喫煙者の受難は永遠に続く。受難を逃れる為には禁煙しかないかも知れないが、社会的な圧力に屈しないか、世論の非難に負けないとか、反骨精神で戦う喫煙者もいる。誰になんと言われようと我は行くの精神的強者の喫煙者の最大の問題は喫煙場所との戦いだ。
「タスポ特需」なる言葉が現れたのは、2年前か。特需の後はガクッと売り上げが落ち、上がることはない。現在は「値上げ特需」とか。その後は売り上げがまた、また、ガクッと落ちるだろう。タバコ関係の商売は大変だと同情し、喫煙者には頑張れとエールも送りたくなる元ヘビースモーカーだ。喫煙も禁煙も自由である。喫煙も禁煙も同じ条件での自由であって欲しいと望む元ヘビースモーカだ。
「禁煙外来」などの言葉は喫煙者差別だと怒りたい。喫煙者が悪を通り越して病気になった。あくよりは病気だと慰められそうだが、それにしても、麻薬常用者的な、扱いではないかと元ヘビースモーカーは怒りを感じる。「禁煙治療」など言葉で、完全に病気になった感じの喫煙だ。「たばこの依存症」といっても、病気とは違うと喫煙者の見方の元ヘビースモーカーは怒りを感じるのである。大幅な値上げが禁煙に繋がることは否定できないが、やはり、喫煙も禁煙も同じ条件での自由であって欲しい。
同じ条件の自由というと漠然としているし、喫煙被害を受けた、また煙害に苦しむ人たちからは怒りの声も上がりそうで、条件は様々のようで、喫煙者の条件と禁煙を求める人の条件には妥協の余地もなさそうで、喫煙者の自由は制約されるのが当然かと、元ヘビースモーカーも喫煙者へのエールを引っ込める事になりそうだが、でも、喫煙者に「自由にどうぞ」とエールを送る。
「禁煙外来」は予約が殺到し、タバコ屋は店を閉める。時代の流れといえば簡単だが、タバコも産業である。それにしても禁煙に苦しむ人は、「ニコチン依存症」という病気は、少し言いすぎだ。保険の適用が許されると言う。保険が利用可能なら、一度行ってみようかと思う喫煙者は結構多いかも知れない。絶対禁煙を望むのはなくても、世間の冷たい目感じて、禁煙をしようかと漠然に思う人でいるだろう。
喫煙者の受難は続く、恐らく永遠に続く。どこかの無人島で、喫煙自由の無人島で、喫煙者のみ上陸可能な無人島で、気兼ねなしに一日中自由にタバコをくゆらせて暮らしたいと思う人もいるかも知れない。そんな人のための、施設があってもよさそうだ。望ましいのは無人島だ。
posted by mezurasi at 13:25| 東京

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